標高七百メートルほどの高原に、古い樹が低く広がっています。支柱もワイヤーもなく、地を這うように仕立てられた株。乾いた石灰質の土の上で、この樹は何十年も立ち続けてきました。
ボバルとは、スペイン中東部の内陸高原で古くから育てられてきた黒ぶどう品種のこと。栽培面積はスペインでも上位に入ります。それなのに、名前を知る人は多くありません。
たくさん採れるぶどうだった。それが、長く評価されてこなかった理由です。

ボバルとは
内陸の高原地帯、バレンシアの後背にあたる乾いた土地が主産地です。標高が高く、昼と夜の気温差が大きい。冬は冷え込み、夏は乾く。
ボバルはこの環境に適応した品種です。乾燥に耐え、収量が多い。房は大きく、果皮の色素が非常に濃い。搾ると、深い紫の果汁が出ます。
かつて、この色の濃さと収量の多さが用途を決めました。ブレンド用の色付けや、大量生産の安価なワインの原料、あるいは他地域へ運ばれる濃縮果汁。品種の名前を表に出す必要のない仕事ばかりだったわけです。
たくさん採れるものは安く扱われる。ワインの世界では、よくある話です。
評価が変わったきっかけ
見直しが進んだのは、二つの気づきからです。
ひとつは、酸が残るということ。暑い産地の黒ぶどうは酸が落ちやすいのですが、ボバルは標高の高さと寒暖差のおかげで、熟しても酸をしっかり保ちます。色が濃く、しかも酸がある。これは重宝する組み合わせです。
もうひとつは、樹齢です。この地域には、植え替えられずに残った古い株が数多くあります。古い樹は収量が自然に落ち、実に凝縮が出る。「収量が多い品種」という前提そのものが、樹齢によってひっくり返るわけです。
収量を抑えて丁寧に仕込んだボバルは、色の濃さに見合った中身を持つようになりました。
味わいと、造り方の幅
若いボバルは、赤い果実と黒い果実の中間のような香り。渋みはある程度あるものの、モナストレルほど押しの強い渋みではありません。酸がしっかりしているので、濃いのに重くない。この軽やかさが持ち味です。
樽で熟成させたものは、香ばしさと丸みを得ます。クリアンサ相当の熟成をかけた造りもあり、時間が入ると土やハーブのニュアンスが出てくる。
そしてロサード。ボバルのロゼは、この品種のいちばんわかりやすい魅力かもしれません。色素が豊富なので短時間の醸しで美しい色が出て、酸のおかげで輪郭が締まる。果実味と酸が両立したロゼは、食卓で本当に使いやすい。
テンプラニーリョやガルナッチャと混ぜて仕込まれることもありますが、単独で瓶詰めされる例が増えています。原産地呼称の枠組みの中で、品種名を表に出す造り手が現れたのが大きい。
料理との相性
酸があって渋みが穏やかというのは、料理を選ばないということです。
まず米料理。パエリアやアロス・ネグロ、汁気を残したアロス・カルドソ。同じ地方で育った米の料理とは、産地が重なるぶん自然に噛み合います。ソカラットの香ばしさに、樽を効かせたタイプがよく応える。
肉なら、重すぎない皿に。アルボンディガス、ウズラの炭火焼き、鴨、イベリコ豚のセクレト。酸が脂を切るので、パンセタのような脂のある部位とも組める。
野菜の皿にも届きます。薪火で焼いた野菜やエスカリバーダ、きのこ。土の香りが通じ合う関係です。ピメントンを効かせた料理とも合う。
ロサードなら、タパスを並べる場面やバルのカウンターで万能に働きます。温度は赤でもやや低めに。合わせ方の考え方はペアリングの基本にまとめています。ほかの品種の話はコラム一覧からどうぞ。