脂を落とすために火にかける、と説明されることの多い料理です。実際は逆のことが起きています。滴り落ちた脂が熾火で煙になり、その煙がまた肉へ戻ってくる。捨てているつもりのものが、味に化けている。
パンセタ(panceta)とは、スペイン語で豚バラ肉を指す言葉。そして同時に、それを塊のまま焼き上げる料理そのものの名前でもあります。皮つきの豚バラを大きな塊で炎や熾火(おきび)にかけ、脂をじっくり溶かし出しながら、皮はぱりっと、赤身はしっとりと火を入れていく。
飾らない部位、豪快な焼き方。それでいて、火加減ひとつで仕上がりが別物になります。

パンセタとは
部位としてのパンセタは、豚のバラ肉——あばら周りの、脂の多いところです。料理名としては、その豚バラを塊のまま焼いた一皿を指します。
ここで日本人が思い浮かべるのは、たいてい薄切りのベーコンでしょう。スペインの流儀は違います。薄く切らない。厚みのある塊のまま、時間をかけて火を通す。
脂身と赤身が層になったこの部位は、火を入れるほどに余分な脂を手放し、皮は水分を失ってぱりぱりに変わっていく。素材そのものは、これ以上単純にならないほど単純です。それでも火の入れ方次第で、表情がまるごと入れ替わります。イベリコ豚の希少部位のような華やかさとは、別の勝負をしている一皿です。
由来と歴史
イベリア半島の農村では、古くから豚が飼われ、一頭を余さず食べ尽くす文化が根づいてきました。捨てる部位という概念が、そもそも薄い。
バラ肉は脂が多く保存や加工に向くため、チョリソー(スペインの腸詰)やモルシージャといった加工品にも回されます。一方で、そのまま塊で炙るという素朴な食べ方も、各地の家庭と酒場に残り続けました。
その火は、厨房の火ではありませんでした。農作業の合間、あるいは祝祭の日。暖炉や薪を囲んで焼く料理として、薪料理の文化と並走してきた背景があります。
特別な調味料を要らない部位だったこと——塩と炎だけでうまみが出てしまうこと。それがこの料理を各地に根づかせた理由でしょう。安く、簡単で、旨い。広まらないほうが不思議です。
薪火ならではの特徴
冒頭に書いた循環の話に戻ります。炎や熾火の熱で脂が溶け出す。その脂が熾火に滴る。煙が立つ。薪の煙が、香ばしい風味を肉に返す。
ガスや電気の火に、この往復はありません。脂の多い部位が薪火と相性がよいのは、脂が燃料も兼ねているからです。
火入れの基本は、たった一つ。急がないこと。
強い直火で皮目を一気に焼き固めるのではなく、炎が落ち着いた熾火の遠赤外線で、時間をかけて脂を溶かし切る。皮はぱりっと、脂身はとろけるように、赤身はしっとりと。そこへ着地させるために、火からの距離と時間を見極めます。
急いだ場合の結果もはっきりしています。脂が抜けきらず、皮は硬いまま。豪快に見えて、実はひたすら忍耐の料理です。

産地によるバリエーション
豚肉文化の根づく土地ですから、各地にそれぞれの表現があります。
なかでも別格なのが、イベリコ豚の生ハムで知られるイベリコ豚のパンセタ。どんぐりを食べて育った豚の脂は、甘さと香りが違います。塊で焼くと、その差が隠れようもなく出てくる。
地域ごとの工夫もあります。皮目に切れ目を入れてパリパリ感を強調する。ローズマリーやニンニクを添えて香りを立てる。同じ豚バラなのに、火入れと切り出し方だけで別の料理になってしまう。素材が単純な料理ほど、こういう分岐が増えるのかもしれません。
料理・ワインとの相性
脂の甘みと香ばしさが前に出る一皿ですから、飲み物には仕事を頼みます。口の中を洗い流す酸とタンニン——赤ワインの役目です。テンプラニーリョ、あるいはしっかりした骨格を持つリベラ・デル・ドゥエロ。脂身の重さに負けない相手を選びます。
コースに組むなら、順番も味の一部です。前菜にパン・コン・トマテのようなさっぱりした一品、焼き野菜をはさんで、締めに脂ののったパンセタ。起伏をつくると、最後の一口がいちばん効きます。当店Opus 6でも、薪火でじっくり焼き上げたパンセタを定番の一皿としてご用意しています。
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