皮目を下にして網に乗せると、しばらくは静かです。やがて脂がにじみ出し、下の熾火に落ちて、白い煙がふわりと立ちのぼる。その煙が、また肉に戻ってくる。焼いているというより、脂と火が会話をしているような時間です。

パト(Pato)とは、スペイン語で鴨のこと。カタルーニャを中心に古くから食べられ、フォアグラの産地でもある北東部では、鴨は身近な食材です。厚い皮下脂肪と、赤身に近い濃い胸肉。この二つが同じ一枚に共存しているところが、鴨という食材の面白さです。

脂を落としながら、身は乾かさない。矛盾する二つを同時に成立させる技術を、順に見ていきます。

炎の上で焼かれる肉

パトとは

鴨の胸肉を切ると、断面が二層に分かれています。

上は白い脂の層。厚いものでは一センチ近くあります。下は、赤黒いほど濃い赤身。牛や豚と違い、この脂は身の内部にはほとんど入らず、皮の下にまとまって存在します。霜降りの入った豚肉とはまったく逆の構造です。

赤身のほうは、鉄分を感じる濃い味。渡りをする鳥ですから、胸の筋肉が発達し、酸素を運ぶミオグロビンが多い。だから色が濃く、鶏より牛に近い印象を持ちます。

つまり鴨は、一枚のうちに「たっぷりの脂」と「脂のない赤身」を抱えている。焼き方の課題が二つ同時に来る食材です。

薪火での焼き分け

やることは決まっています。脂は時間をかけて溶かし、身は短く仕上げる。

まず皮目を下にして、火から少し離した位置に置きます。ここで焦らない。強火で当てると、皮が焦げるだけで内側の脂は残ってしまう。じわじわと温度を上げ、脂を液体に変えて外へ逃がす。皮が薄くなり、黄金色になったところが合図です。

落ちた脂が熾火に触れ、煙になって戻る。この薪火特有の香りづけが、鴨には特によく効きます。使う薪の樹種によって、まとう香りも変わります。

身の側は、ほんの短く。返して数十秒から一分。中心はロゼ色を残すのが基本です。焼き加減の見極めを誤ると、あの濃い赤身がぼそりと硬くなります。焼いたあとに休ませる工程も欠かせません。

厚みのある鉄板で皮目を押しつけるように焼く方法もあります。網か鉄板か、どちらを選ぶかで香りの出方が変わる。道具による違いが、そのまま味の違いになります。

コンフィという別の道

焼くだけが鴨の道ではありません。

脚の部分は、胸肉より筋が多く、脂も少ない。ここは低温の脂の中でゆっくり火を入れる「コンフィ」に向きます。鴨自身から取れた脂に沈め、静かに何時間も加熱する。繊維がほろりとほぐれるまで柔らかくなり、そのまま脂に埋めて保存もできます。

保存食としての発想は、干し鱈腸詰めと同じ系譜にあります。冷蔵庫のない時代に、脂と塩がどれほど頼りにされたか。カタルーニャの煮込みや米料理に、このコンフィが放り込まれることもあります。

そして、果実。鴨に洋梨やイチジク、オレンジを合わせるのは、脂の重さを甘酸っぱさで切るためです。土地ごとの果物が豊富なスペインでは、季節の実がそのままソースになります。カタルーニャ料理には、肉と果実を組み合わせる伝統が根強く残っています。

ワインとの相性

濃い赤身と、豊かな脂。合わせる赤にも、それなりの厚みが要ります。

素直なのはテンプラニーリョ。果実味とほどよいタンニンが、脂を洗いながら赤身の鉄っぽさを受け止めます。もっと押し出しが欲しければ、プリオラートの凝縮した一本や、ガルナッチャ主体の熟したものを。

果実のソースを添えた場合は、熟成を経た赤のほうが調和します。樽由来の甘い香りが、果実と薪の香りの橋渡しをする。グラスの形を大ぶりにすると、香りの層がよりはっきり立ちのぼります。

脂と火の駆け引きが、そのまま味になる食材です。当店でも季節に応じて薪火で扱っています。ほかの焼きものの話は、コラム一覧からどうぞ。