スーパーの棚では「パプリカパウダー」として売られています。同じ棚の、赤い粉。ところが瓶を開けた瞬間に違いが分かります。立ちのぼるのは、焚き火の匂いです。

ピメントン(Pimentón)とは、赤唐辛子を乾燥・燻製させてから粉末にした、スペイン料理に欠かせないスパイス。その多くは薪の煙でじっくりいぶされており、独特のスモーキーな香りをまとっています。鮮やかな赤色と奥深い風味は、チョリソー(スペインの腸詰)をはじめ、数々の料理の土台を黙って支えている。

色をつけるための粉、ではありません。香りを持ち込むための粉です。

軒下に吊るして乾燥させる唐辛子

ピメントンとは

原料は、カプシカム属の赤唐辛子。ここまでは一般的なパプリカパウダーと同じです。

分かれ道は、そのあとに来ます。ただ乾燥させて挽くのではなく、伝統的な製法では収穫した唐辛子を何日もかけて薪の煙で燻製にする。この一工程が入るだけで、粉の役割が変わります。色づけの道具から、料理に「炎の記憶」を持ち込む香辛料へ。

歴史・由来

この赤はもともと、ヨーロッパにありませんでした。唐辛子は大航海時代にアメリカ大陸から渡ってきたもの——新大陸との往来が食卓に残した最大級の土産です。

最初に手をつけたのは修道院でした。栽培と加工が始まり、やがてエストレマドゥーラ地方などで薪を使った燻製製法が確立された、と伝えられています。当初の扱いは貴重な薬用・保存食用のスパイス。それが各地の家庭料理へ降りていき、腸詰づくりに欠かせない存在になっていきました。

いまや、この粉なしでは成立しないスペイン料理がいくつもあります。外から来たものが、いつのまにか国の味の骨格になった。

甘口・辛口・ビターの違い

ピメントンと書かれた瓶が三種類並んでいることがあります。中身は別物です。

甘みのある「ドゥルセ(Dulce)」。ピリッとした「ピカンテ(Picante)」。ほろ苦さのある「アグリドゥルセ(Agridulce)」。使う唐辛子の品種と配合が違うためで、料理や好みに応じて使い分けます。

辛口は煮込みに深みを与え、甘口はソースや前菜に穏やかな彩りを添える。買う前に、どの一文字を見るか——それだけで仕上がりが動きます。

壁に吊るされ乾燥される赤唐辛子

作り方・製法のポイント

香りの正体は、時間です。

伝統的な製法では、収穫した赤唐辛子を燻製小屋に並べ、薪の火を絶やさずに10日から15日ほどかけてじっくり乾燥させます。その間、均一に燻すために唐辛子を何度も返す。半月にわたって、人が火の面倒を見続けるわけです。

乾燥後は種やヘタを取り除き、石臼で挽いてなめらかな粉末に。工程そのものは古い。けれど、この薪の煙を通す時間を短縮した瞬間、あの香りは消えます。薪料理と同じ知恵が、粉のなかにも入っている。

産地とDOP

代表的な産地は二つ。エストレマドゥーラ州の「ラ・ベラ」と、ムルシア州の一部。どちらも原産地呼称(DOP)に守られたブランドです。ワインと同じ仕組みが、粉にも効いている。

ただし、性格は正反対です。ラ・ベラ産は燻製製法にこだわることで名高く、ムルシア産は非燻製タイプが主流。同じ「ピメントン」でも、産地を見ずに買うと当てが外れます。

料理との相性

この粉が抜けた途端に成立しなくなる料理を並べてみます。腸詰、タコのガリシア風(プルポ)ソパ・デ・アホロメスコソース。炒め物や煮込みの風味づけまで含めれば、きりがありません。

スモーキーな香りは、赤ワインのテンプラニーリョガルナッチャとも好相性。一振りで料理が炎の側に寄る——当店の薪火料理でも、この粉は名脇役として働き続けています。

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