昼下がりのバル。カウンターに並ぶグラスは、どれも小さい。ビールが指三本ぶんほど入っていて、白い泡が薄く乗っています。飲み干すのに、そう時間はかかりません。
スペインは世界有数のワイン産地です。それなのに、日常の一杯として最もよく注文されるのはビールだったりする。
ワインの国だからこそ、ビールが日常に収まった。 その逆説から話を始めます。

ワインの国で、なぜビールなのか
理由の一つは、気候です。スペインの夏は長く、内陸は特に厳しい。乾いた暑さの中で、冷たくて炭酸のある飲みものが求められるのは自然なことです。灼熱の太陽が冷製料理を生んだのと、根は同じ発想でしょう。
もう一つは、飲み方の構造です。スペインの飲酒は、一軒で腰を据えるより、店を渡り歩くスタイルが基本にあります。一軒で一杯、次の店でまた一杯。この移動の多い飲み方に、少量ずつ注げるビールは向いている。
ワインは、開けたら飲み切る前提の酒です。この国を支えてきたワインをボトルで囲むのは、腰を据えた食事の形。対してビールは、いつでも一杯だけを注文できる。この気軽さが、日常の側を引き受けたわけです。
そして値段。手頃であることは、毎日の飲みものとして無視できない条件です。
小さなグラスで飲む理由
スペインのビールは、量が少ない。日本の感覚だと物足りないほどです。
これには実利があります。気温が高いから、大きなグラスだと最後がぬるくなる。 小さく注いで、冷たいうちに飲み切り、また頼む。理にかなった作法です。
グラスの大きさにはいくつか段階があり、店によって呼び方が変わります。小さいものを何杯も重ねる人もいれば、少し大きめを頼む人もいる。どちらでも構いません。
注文するときは、立ち飲みのカウンターに立って、店員と目が合ったら一言。難しい手順はありません。多くの店では、頼めば小皿が一緒に出てきます。地域によっては、この小皿が無料で、しかも本格的だったりする。
食前の一杯としてビールを選ぶ人は多い。苦みと炭酸が胃を開く働きは、食前酒として理にかなっています。
味わいの傾向
スペインで主流なのは、色の淡い、すっきりしたタイプです。強い苦みや複雑な香りを主張せず、冷えていることが最大の武器になっている。
これは、料理との関係で説明がつきます。あの国の食卓には、オリーブオイルを使った揚げもの、塩気の強い保存食、ニンニクやパプリカの効いた皿が並びます。味の主張が強い料理に対して、飲みものが前へ出る必要がない。
近年は個性の強いビールも増えていますが、食卓の日常酒という立ち位置は変わっていません。それは、ベルモットが食前を、ワインが食事の中心を、食後酒が締めを担うという役割分担の中に、ビールがうまく収まっているからでもあります。
料理との相性
炭酸と苦みは、油と塩を流します。だから揚げものに強い。
カラマリ、クロケッタ、パタタス・ブラバス。ピミエントス・デ・パドロンの焦げと塩にも、冷えたビールが一番素直に合います。
塩気の強いものとも。アセイトゥナス、イベリコ豚の生ハム、腸詰め、乾いた木の実。ピンチョスを串で摘まみながらというのも、北の街ではごく普通の光景です。
辛いものにも効きます。カナリア諸島のモホのような刺激のあるソース、ニンニクの効いたガンバス。アルコールと炭酸が、口の中をいったんリセットしてくれる。
ただし、食事が本番に入れば話は変わります。炭火の熟成肉や薪火の料理が出てきたら、そこからはワインの領分です。ペアリングという言葉が意味を持つのは、その段階から。
最初の一杯はビール、そこから先はワイン。当店でも、その流れが一番しっくりきます。ほかのワインの話はコラム一覧からどうぞ。