「ガンバスをください」とスペインのバルで言っても、注文は通りません。困った顔で聞き返されるはずです。それは、料理の名前ではないからです。
ガンバス(gambas)とは、スペイン語で「海老(えび)」。ただの食材名です。メニューでよく目にする「ガンバス・アル・アヒージョ(gambas al ajillo)」は、直訳すれば「ニンニク風味の海老」。ガンバスが食材、アル・アヒージョが調理法という構造になっています。
日本ではしばしば料理名として通っていますが、本当は「豚肉ください」と言っているのに近い。この誤解を解いておくと、バルのカウンターに立つときの景色が少し変わります。

ガンバスとは(言葉の意味)
ガンバス(gambas)は、海老全般を指す名詞です。ただ、現地での呼び分けはもっと細かい。赤みが強く旨みの濃い「ガンバ・ロハ(gamba roja)」、白く繊細な身の「ガンバ・ブランカ(gamba blanca)」。とくにこの二つは珍重されます。
だからメニューを読むときは、二段構えで見る。「ガンバス」は素材の申告にすぎず、どう火が入るのかは、そのあとの言葉次第です。アル・アヒージョなら油で煮る。ア・ラ・プランチャなら鉄板で焼く。同じ海老が、まったく別の皿になって出てきます。マリスコスという魚介全般の呼び方にも通じる話で、スペイン語のメニューは素材と手法を分けて書く癖があるのです。
アヒージョとの違い
アヒージョ(ajillo)は、ニンニク(アホ/ajo)を効かせたオリーブオイルで具材を煮るように加熱する、調理法の名前です。「ガンバス・アル・アヒージョ」は、つまり「ニンニク油で煮た海老」。
証拠は、他の具材を入れてみればすぐわかります。キノコなら「チャンピニョーネス・アル・アヒージョ」。イカなら「カラマレス・アル・アヒージョ」。きのこのアヒージョもイカの料理も、この文法で成り立っている。アヒージョは海老専用ではありません。海老が、いちばん有名なだけです。
歴史・由来
起源には諸説あります。ただ、スペインのオリーブオイルとニンニクで食材を保存し、調理する文化が地中海沿岸に古くから根づいていたことは確かです。
いま考えると、この調理法は保存技術でもありました。少量の油でじっくり火を通すと、素材の水分は守られ、油には風味が移る。そして油に覆われた食材は、しばらく持つ。冷蔵設備のなかった時代の知恵として発展したと考えられています。乾かして保たせるという発想と並ぶ、地中海の保存の作法のひとつです。
現在ではスペイン全土のバルで定番となり、とくにアンダルシア地方をはじめ海老の水揚げが盛んな地域で親しまれています。

調理法と味わいのポイント
使う鍋は、カソラ(cazuela)と呼ばれる小さな素焼きの土鍋。ここにたっぷりのオリーブオイル、薄切りのニンニク、乾燥唐辛子(グインディージャなど)を入れ、低めの温度でじっくり香りを油に移していきます。海老を入れるのは、ニンニクが色づきすぎる前。身が縮まらないよう、手早く。仕上げにパセリを散らして、香りを立てる。
コツは、ひとつだけです。油の温度を上げすぎないこと。
高すぎればニンニクが焦げて苦味が出る。低すぎれば香りが立たない。この幅は思っているより狭く、しかも一度外すと戻せません。アリオリのように油を乳化させる仕事と同じで、油を相手にする料理は加減がすべてです。
最後に、忘れてはいけないこと。この料理の主役は、じつは油のほうです。パンを添えて、残った油をすくって食べる。パン・コン・トマテのような一皿を並べておけば、鍋の底まできれいになります。
バリエーション
アヒージョは代表格にすぎません。鉄板で豪快に焼き上げる「ガンバス・ア・ラ・プランチャ」、殻ごと塩茹でにした「ガンバス・コシーダス」、串に刺して供するピンチョス風の一皿。地域や店によって、いくらでも姿を変えます。
ただし、どの調理法にも共通していることがあります。海老の味を足そうとはしていない。引き立てようとしている。だから、素材が悪ければ全部が崩れる。注文を受けてから火を入れるピンチョ・モルノの潔さと同じく、逃げ場のない料理です。
料理・ワインとの相性
油とニンニクの一皿に必要なのは、酸です。香り高く、酸のしっかりした白。アルバリーニョのような果実味豊かな白か、バスク地方の微発泡ワインチャコリ。どちらも口の中を洗い流して、次のひと口を新しくしてくれます。食前にはスペインのベルモットを一杯。
料理名だと思っていたものが、じつは食材の名前だった。そこから先が、この一皿の面白いところです。
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