食べ物は、置いておけば悪くなる。誰でも知っていることです。ところが牛肉には、置いておくほど旨くなる時期がある。腐敗と熟成のあいだに引かれた細い線を、料理人はわざわざ歩きに行く。

熟成肉とは、と畜後の牛肉を一定期間じっくり寝かせ、うまみと香りを凝縮させたもの。魔法ではありません。肉自身に含まれる酵素が働いている、というだけの話です。

この工程には理屈があり、薪料理の炎と組み合わせたときに完成する。順に見ていきます。

マーブリングの入った熟成肉の塊とハーブ、岩塩

熟成肉とは(定義)

意外に思われるかもしれませんが、と畜直後の牛肉はおいしくありません。硬く、うまみも眠ったまま。ここから先は、料理人の腕ではなく時間の仕事になります。

温度と湿度を管理した環境に寝かせておくと、肉自身の酵素がタンパク質をゆっくり分解し、アミノ酸——つまりうまみ成分——を増やしていきます。同時に筋繊維がほぐれ、肉質もやわらぐ。この過程を通した牛肉が「熟成肉」です。なぜ牛肉は寝かせるほど旨くなるのかという問いの答えは、ここにあります。

やり方は大きく二つ。「ドライエイジング」と「ウェットエイジング」です。

歴史 ― 保存の知恵から嗜好品へ

はじめは、ごちそうの話ではありませんでした。冷蔵技術のない時代、屠畜後の肉を吊るして寝かせるのは、ごく当たり前の段取り。空気にさらして水分を飛ばすことが、そのまま保存性を高める手段だったからです。鱈を塩と乾燥で保存したバカラオ三年を待つイベリコ豚の生ハムと、出発点は同じでした。

ところが冷蔵・冷凍技術が普及すると、状況が反転します。肉は熟成させず、新鮮なまま流通させるのが主流に。吊るす必要はなくなりました。

そこで話が終わらなかったのが面白いところです。20世紀後半以降、熟成がもたらす風味の豊かさにあらためて目が向き、専用の熟成庫を備えたレストランや精肉店が世界各地に現れます。必要から始まったものが、いまでは保存の手段ではなく、味を追う嗜好品として扱われている。

ドライエイジングとウェットエイジングの違い

ドライエイジング(乾燥熟成) ― 温度・湿度・風を管理した熟成庫で、肉を空気にさらしたまま数週間から数ヶ月かけて熟成させる方法です。表面の水分が抜けてうまみが凝縮し、ナッツのような独特の香りが生まれます。ただし表面が乾燥・酸化するため、その部分は削り落とす必要があり、歩留まりが下がるぶん高価になりがちです。

ウェットエイジング(湿式熟成) ― 真空パックの中で熟成させる方法です。水分が保たれるためロスが少なく、比較的短期間でやわらかさを引き出せます。世界的に流通する牛肉の多くはこの方式で熟成されています。

目的はどちらも「時間をかけてうまみを引き出す」こと。それでも、行き着く風味は別の場所です。空気に触れさせるか、遮るか——その一点が味を分けます。

薪火で焼き上げ、切り分けられた熟成肉の断面

熟成による味わいの変化

熟成庫の中で起きていることは、三つに分けられます。酵素によるタンパク質分解が生むうまみ(アミノ酸)の増加。筋繊維がほぐれることによるやわらかさの向上。そして水分が抜けることによる風味の凝縮

ドライエイジングではさらに、熟成庫内の微生物と酸化の作用が加わり、チーズやナッツを思わせる複雑な香りが立ちます。発酵が育てたチーズとワインの相性を思えば、この香りが赤ワインを呼ぶ理由も見えてきます。

ただし、長く置けば置くほど良いという単純な話ではありません。風味が濃くなるほど、扱いは難しくなる。どこで止めるかを決めるのは数字ではなく、経験です。部位ごとに焼き方を変える判断も、同じ勘の延長線上にあります。

薪火焼きとの相性

時間をかけて凝縮させた肉を、控えめな火で焼くのは惜しい話です。強い火力で表面を一気に香ばしく——ここで初めて、熟成の成果が味として立ち上がります。

なかでも薪火焼きは相性が格別です。炭や電気には出せない木の香り。そして揺らぐ炎がつくる焼きムラ。均一でないことが、複雑な風味とうまく噛み合う。炭火と薪火の違いを承知した上で薪を選ぶ意味は、ここにあります。

表面をしっかり焼き固めて肉汁を閉じ込め、中はレアからミディアムレアへ。仕上げは粗い岩塩と、スペインのオリーブオイルをひと垂らし。それ以上足すものが、特にありません。

ワインとの相性

凝縮したうまみと、香ばしい焼き目。この二つを受け止められるのは、しっかりしたタンニンを持つ赤ワインです。

スペインなら、テンプラニーリョを主体としたリベラ・デル・ドゥエロ。あるいは熟成表示のはっきりしたクリアンサ・レセルバ。骨太な果実味のガルナッチャも、脂の甘みと素直に手を組みます。時間をかけた肉に、時間をかけたワイン。熟成年数が呼称を分ける仕組みを知っていると、この符合はいっそう面白く見えてきます。

当店でも、薪火で焼き上げた熟成肉のステーキには、こうした力強い赤を合わせてお楽しみいただいています。肉は時間で育ち、炎で完成する。その両方が揃ったときにしか出ない味があります。

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