ツマミをひねれば、火はいつでも同じ顔で待っている。それが現代の厨房です。ところがある日、料理人はわざわざその便利さを捨てて、木を割り、火を起こし、燃え上がるのを待つという遠回りを選びはじめました。

薪料理(まきりょうり)とは、薪(まき)を燃料として、その炎や熾火(おきび)の熱で食材を焼き上げる調理法のこと。ガスや電気、炭とは違い、燃える木そのものの香りと、揺らぐ炎の力までも料理に取り込んでしまう——それが最大の魅力です。人類が火を手にして以来もっとも古い調理法が、いま世界の名店で最先端の表現として扱われている。この妙な逆転こそが、薪料理の面白さの入口です。

火は、待たされる。けれど、待った分だけ返ってくる。ここでは、その理由をたどっていきます。

積み上げられた薪(まき)

薪料理とは(定義)

薪料理と一口に言っても、その中身はかなり幅広い。直火で豪快に炙る「グリル」、炎が落ち着いた熾火でじっくり火を入れる方法、密閉した窯に放り込む「薪窯(まきがま)調理」、煙だけをあてる「燻製(くんせい)」——手法はいくつもあります。窯とアサドールでは熱の伝わり方が違うように、同じ薪でも道具が変われば別の料理になります。

けれど、どれもやっていることは同じです。木が燃えるときに生まれる遠赤外線と、煙のなかの香気成分。この二つを、食材に移す。その一点で全部つながっています。

そしてここが肝心なところですが、薪は樹種によって火力も火持ちも香りもまるで別物です。だから料理人は、食材を選ぶのと同じ顔つきで薪を選びます。ナラで焼くのか、さくらで焼くのか。その選択が皿の上に出てしまう。つまり薪は、燃料でありながら「調味料」でもあり「素材」でもある。これが薪料理という考え方の根っこにあります。

歴史 ― 最古にして最先端

火を使った調理の歴史は、人類が火を手にした数十万年前までさかのぼるといわれます。薪をくべて肉を焼き、パンを焼き、鍋を煮る。あらゆる食文化は、この一点から始まりました。

ところが、ガスと電気がやってきます。清潔で、速く、確実。厨房から薪の火が消えていくのに、そう時間はかかりませんでした。煙たい火は、時代に置いていかれたはずでした。

そこから話が転がるのが2000年代です。スペイン・バスク地方の山あいにある「アサドール・エチェバリ(Asador Etxebarri)」、そしてアルゼンチンの料理人フランシス・マルマン。彼らは、消えたはずの火の前に立ち続けていました。そして世界が気づきます——この火でしか出ない味がある、と。

いま、世界のトップレストランの多くが専用の薪火設備を構えています。最古の調理法が、いちばん新しい表現として戻ってきた。料理の世界では、たまにこういうことが起こります。

薪料理の特徴と魅力

では、薪の火は何を持ってきてくれるのか。三つあります。

香り ― 薪の煙には香気成分が乗っています。それが食材にまとわりついて、あのスモーキーな香ばしさになる。しかも樹種を変えれば香りも変わるので、料理人にとっては「振れる調味料」が一種類増えるようなものです。

火入れ ── ここは意外に思われるところ。主役は、燃え盛る炎ではありません。炎が落ち着いたあとの「熾火」です。熾火の放つ遠赤外線は、食材の奥までじんわり熱を届けます。だから表面は香ばしいのに、中はしっとり。あの二段構えは、静かになった火の仕事です。炭火と薪火を使い分ける理由も、焼き加減の見極めが勝負を決める理由も、ここに行き着きます。

ライブ感 ― 揺らぐ炎、立ちのぼる煙、薪がパチッと爆ぜる音。これは味の話ではありませんが、食の体験としては確実に効いています。オープンキッチンで料理人が火と向き合う姿に、つい見入ってしまう——薪料理が人を惹きつける理由の、けっこう大きな部分です。

赤く息づく熾火(おきび)

薪の種類と選び方

薪選びは、そのまま味の選択です。

主力を張るのは、ナラや樫(かし)といった広葉樹(ハードウッド)。火持ちがよく、安定した熾火をつくってくれる働き者で、多くの薪火レストランが頼りにしています。

香りで勝負したいときは、りんご・さくら・くるみあたり。甘くフルーティな煙をまとわせられるので、白身魚や鶏、燻製と相性がいい。

逆に、松などの針葉樹(ソフトウッド)は調理には向きません。ヤニが多く、煙が暴れます。焚き火なら悪くないのですが、料理に使うと香りが料理を上書きしてしまう。

そしてもうひとつ、地味ですが効くのが乾燥です。しっかり「枯らした」薪であること。水を含んだ薪は煙ばかり出て、匂いも重く、火力も落ち着きません。よく乾いた薪は、火のなかで素直に燃えてくれます。

代表的な薪料理と世界の広がり

薪の火は、世界のあちこちで郷土料理と結びついています。

たとえばスペイン。本場のパエリアは、もともとオレンジの木などの薪火で炊かれてきました。バスク地方に行けば、魚介や肉を炭と薪の直火で豪快に焼き上げる「アサドール」の文化が、いまも当たり前の顔で続いています。熟成肉野菜を炎にかけるのも、同じ土地の作法です。

見渡せば、イタリアの薪窯ピッツァ、アメリカ南部のバーベキュー、アルゼンチンの「アサード」。国も食材も違うのに、みんな木を燃やしています。日本もそうです。囲炉裏、そして竈(かまど)。呼び方が違うだけで、やっていたことは同じでした。

ついでに言えば、こうした薪火の料理はスペインワイン生ハムのような発酵・保存食品とよく合います。どちらも時間をかけてつくられたもの同士。合わないほうが不思議、という気もします。

直火で焼く薪料理

家庭で薪料理を楽しむには

本格的な薪火調理には設備も技術も要りますが、キャンプやアウトドアなら、その入口くらいまでは踏み込めます。

コツは、ひとつだけ。待つことです。

焚き火が燃え上がっている段階では、まだ焼きません。炎が落ち着き、赤く息づく熾火になるまで待つ。そこに網やダッチオーブンを置きます。そして火加減は、炎の大きさで見るのではなく、熾火の量と、食材との距離で決める。これだけ押さえておけば、味は一段変わります。もちろん、火の扱いには十分注意して、周囲の安全にも気を配ってください。

薪料理は、手間がかかります。時間もかかります。それでも人が火の前に戻ってくるのは、他の方法では出せない香りと余韻がそこにあるからです。

割った薪、燃え上がる炎、静かになった熾火、そして皿。この一連ぜんぶが味の一部になっている。だから薪料理は、料理というより出来事に近い。それが、いちばんおいしいところだと思います。季節ごとに姿を変えるコースも、結局はこの火の前で組み立てられています。

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