紙ナプキンを敷いた皿に、揚げたてが山になって出てくる。レモンをひと切れ。ソースは、なくてもいい。これほど飾りのない料理が、なぜどのバルの黒板にも書かれているのか——答えは、逃げ場がないからです。
カラマリ(Calamares)とは、輪切りにしたイカに軽く粉をまとわせ、高温の油でカリッと揚げたスペインの定番料理。スペイン語では「イカ」そのものを指す言葉ですが、バルのメニューにこの一語が並んでいれば、まず「カラマレス・フリトス(Calamares fritos)」、つまり衣揚げにしたイカリングのことです。
外はサクサク、中はやわらか。この対比だけで一皿が成立している。隠せるものが何もない料理だからこそ、店の腕がそのまま出ます。

カラマリとは
作りは単純です。イカの胴体を1センチほどの輪切りにし、小麦粉やコーンフラワーの衣を薄くまとわせて揚げる。ここで守るべき掟が一つ。衣を厚くしないこと。厚い衣は失敗を隠してくれますが、同時にイカ本来の甘みと弾力も隠してしまいます。
仕上げにレモン、そしてアリオリ——にんにく風味のマヨネーズ状ソース——を添えることも。バルではビールや白ワインとともに、チョリソーやクロケッタと肩を並べる定番タパスです。
歴史・由来
イカを揚げて食べる習慣は地中海沿岸の広い地域にありますが、スペインでの発祥はアンダルシア地方とされています。理由は難しくありません。港では、水揚げされたばかりのイカや小魚が目の前にある。いちばん旨い食べ方は、いちばん早い食べ方だった。
その場でさっと揚げる文化が「ペスカイート・フリト(揚げ魚介の盛り合わせ)」として形になり、カラマリはその代表格として全土のバルへ広がっていきます。同じ港で、同じ日に獲れた小魚は酢締めのボケロネスにもなりました。揚げるか、漬けるか。分かれ道は、それだけです。
衣と揚げ方のポイント
決め手は二つ。衣の薄さと、油の温度です。
小麦粉だけ、あるいは小麦粉とコーンフラワーを合わせた衣をごく薄くまとわせ、高温の油で短時間、一気に。イカは、待たせた分だけ硬くなります。数十秒の判断が食感を決めるので、この料理に「じっくり」という選択肢はありません。
揚げ油に良質なオリーブオイルを使えば、香りにも奥行きが出ます。当店でも薪料理で培った火加減の感覚を持ち込み、素材の食感を殺さない揚げ方を心がけています。火と向き合う勘所は、鍋の中でも変わりません。

産地によるバリエーション
アンダルシア風は衣が薄く、さっぱりとした仕上がり。ところがマドリードのバルに入ると、やや厚めの衣でボリュームを出すスタイルに出会います。同じ料理名で、狙いが違う。
輪切りではなく胴体を開いて短冊に切る店、下足(げそ)を一緒に揚げる店。イカ墨を衣に練り込んだ黒いカラマリを出す店もあります。イカ墨で米を黒く染めるアロス・ネグロや、小イカを丸ごと焼くチピロネスまで見渡せば、スペイン人がこの生き物に注いできた執着の量が伝わってきます。
料理・ワインとの相性
レモンを絞るだけで、すでに完成しています。それでも、アリオリやトマトソースを添えれば味の景色は変わる。パン・コン・トマテと並べてつまむのも、いかにもバルらしい流儀です。
ワインは、油分を洗い流してくれる爽やかな白。チャコリ、リアス・バイシャス——キリッとした酸のある一杯が、次のひと切れをおいしくします。始まりの一杯をベルモットにするのも、スペインでは当たり前の景色です。
衣一枚、レモン一切れ。飾らない一皿が長く愛されてきたのは、ごまかしのなさそのものが、ごちそうだからでしょう。
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