バルのカウンターに、頼んでもいない小皿がすっと置かれる。ひと粒つまむ。そこから会話が始まる——スペインでは、そういう役回りをオリーブの実が担っています。

アセイトゥナス(Aceitunas)とは、スペイン語で「食用オリーブの実」のこと。オリーブオイルの原料としておなじみのあのオリーブですが、この国では実そのものを塩漬けや酢漬けで味わう文化が、ずっと前から生活のなかにあります。一粒だけの小皿から、ワインを前にした盛り合わせまで。主役を張ることはないのに、いないと困る。名脇役という言葉が、これほどしっくりくる食材もそう多くありません。

以下では、その一粒がどうやって食べられるようになるのか、品種と産地、そして楽しみ方までを見ていきます。

市場に並ぶ緑と黒のオリーブの実

アセイトゥナスとは

先に言ってしまうと、木からもいだオリーブは食べられません。オレウロペインという苦味成分による強い渋味があって、口に入れた瞬間に後悔します。

だから人は手を加えました。塩水に漬ける、苛性ソーダを使う、あるいは時間だけを頼りに自然発酵させる。渋みを抜き、代わりに味を含ませる。この工程を経てはじめて、あの一粒は食べものになります。漬け方も味付けも州によって好みが違い、家庭ごとの「自家製アセイトゥナス」も珍しくありません。台所の数だけレシピがある、というのは大げさでもないのです。

歴史・由来

地中海沿岸でオリーブが栽培されはじめたのは数千年前とされ、スペインには古代にフェニキア人やローマ人が栽培をもたらしたと伝えられています。オリーブはこの土地の気候にすんなり適応し、南部アンダルシアを中心に畑を広げていきました。

そしてオイルを搾る技術と並行して、もうひとつの知恵が各地で育ちます。実を塩漬けにして保存する——塩鱈のバカラオ生ハムと同じ発想です。保存のための工夫が、やがてバルの一皿として居場所を得た。そういう食べものです。

色と熟度による違い

緑のオリーブと黒いオリーブ。別の品種だと思われがちですが、多くの場合そうではありません。違いは収穫のタイミング、つまり熟度です。

青々しいグリーンオリーブは未熟な段階でもいだもの。パリッとした歯ざわりと、爽やかな渋みが残ります。対して完熟を待って収穫される黒いオリーブは、まろやかでコクのある味わいに落ち着きます。同じ木の、同じ枝の実が、摘む日によって別の顔になる。果物の旬と同じ話が、ここでも起きています。

塩水に漬け込まれたオリーブの実

代表的な品種と産地

スペインのオリーブ品種は数多く、産地ごとに個性があります。代表格は「マンサニージャ」。種を抜いてパプリカやアンチョビを詰めた「レジェーナ」に仕立てられることも多い品種です。ほかに、小粒で香り高い「アルベキーナ」、大粒で果肉のしっかりした「ゴルダル」も食卓オリーブの常連です。

さらに地方ごとの漬け方があります。香草、ニンニク、柑橘の皮。香辛料の使い方がそのまま漬け床に持ち込まれるので、同じオリーブでも土地が変われば表情が変わる。品種と製法、二重の変数が効いているわけです。

味わい方のポイント

凝った仕立ては要りません。指でつまんで、そのまま。これがいちばんです。

塩気と酸味、奥にほのかな渋み。この三つが食前酒を呼びます。チョリソーパン・コン・トマテと並べれば、それだけで満足感のあるタパスの一角になる。具材を詰めたレジェーナは、ピンチョスの材料としてもよく登場します。

ワインとの相性

塩気と酸味を持つ食材は、ワインとの橋渡しがうまい。スペインワインの原産地呼称をたどればいくらでも候補が出てきますが、まずはすっきりした辛口の白、あるいは爽やかなロサード。食前酒として親しまれるスペインのベルモットなら、まさに定石です。

当店Opus 6でも、薪料理とともにお楽しみいただく一皿として、季節ごとのアセイトゥナスをご用意しています。小皿ひとつですが、そこから食事は始まります。

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