峠を越えると、風景が変わります。それまでの乾いた高原が終わり、緑の谷が開ける。山が四方を囲み、盆地の底に川が流れている。空気が湿っていて、しっとりしている。
ビエルソとは、スペイン北西部のこの盆地に広がる原産地呼称のこと。面積は大きくありません。それでも近年、スペインで最も注目される産地のひとつになりました。
理由は、メンシアという品種と、この土地の組み合わせにあります。

ビエルソとは
地理的に見ると、ここは境目の土地です。東にはカスティーリャの乾いた高原が広がり、西には雨の多いガリシアがある。ビエルソは、その両方の性格を受け取る位置にあります。
山に囲まれているため、極端な寒さや暑さは和らげられる。大西洋の湿った空気は届くものの、山を越えるあいだにいくらか乾く。結果として、雨は適度にあり、夏は暑すぎず、冬は厳しすぎない。スペインの内陸としては、かなり穏やかな条件です。
この土地は古くから巡礼の道が通り、ぶどう栽培の歴史も長い。修道院が畑を守ってきた時代がありました。
斜面と平地で、まったく違う
産地の中を歩くと、二つの顔があるとわかります。
盆地の底の平地。 沖積土で、水はけはほどほど。土は深く肥沃です。ここのぶどうはよく実り、果実味の豊かな飲みやすいワインになります。
周囲の斜面。 ここが本命です。土壌はスレート(粘板岩)や石英を含み、痩せている。傾斜がきついので機械は入らず、作業は手作業。収量は自然に落ちます。
斜面のぶどうは、実が小さく凝縮していて、ミネラル感と骨格を持つ。同じ産地の中で、これほど性格が分かれるのは珍しい。急な斜面が質を決めるという点では、プリオラートと共通する構図です。
そして、この斜面には樹齢の高い株が数多く残っています。かつて価値が認められず、植え替えられずに放置された畑。それが、いま最も価値のある区画になりました。
メンシアという主役
この産地の赤の大部分は、先に触れたメンシアが占めます。
淡めのルビー色、すみれのような花の香り、赤い果実、黒胡椒、そして石や土のニュアンス。渋みはきめ細かく、酸がしっかりしている。濃さで押すのではなく、香りと輪郭で語るタイプの赤です。トロの力強さやリベラ・デル・ドゥエロの凝縮とは、まったく違う方向を向いています。
造りにも幅があります。タンクで仕上げた若いものは軽快で、少し冷やして飲める。樽で熟成させたものは深みが増し、数年置くと石や鉄の印象が出てくる。クリアンサ相当の熟成を経たものは、時間とともに表情を変えていきます。
近年は区画ごとに仕込む造りが進み、同じ産地でも畑の違いが味に出るようになりました。ヴィンテージの差も素直に映る。
白も造られます。ゴデーリョという土着の白ぶどうが主体で、これがまた良い。柑橘と石の香りを持ち、リアス・バイシャスの白とはまた違う質感です。
料理との相性
酸があって渋みが穏やかな赤は、料理の幅が広い。
この地方の食卓から始めるなら、ラコンやエンパナーダ・ガジェガ、チョリソー。ピメントンを効かせた料理は、メンシアの胡椒のような香りと響き合います。タコのガリシア風に軽めの赤を合わせるのは、この土地では自然な選択です。
肉なら重すぎないものを。ウズラ、ウサギ、鴨、仔羊。秋のジビエを薪火で焼いた皿は、この産地の赤の独壇場と言っていい。薪の樹種が変える香りとも噛み合います。
きのこと野菜にも強い。きのこのアヒージョ、薪火の野菜、豆の煮込み。土の香りを持つもの同士が、無理なく寄り添う。
チーズは癖の穏やかなものから。燻した羊乳のイディアサバルとも合います。
温度はやや低めに。十四度から十六度あたりが、香りと酸のいちばん整うところです。合わせ方の考え方はペアリングの基本にまとめました。当店でも、北西部の赤をご用意しています。ほかの産地の話はコラム一覧からどうぞ。