二つのグラスが並んでいます。片方は麦わらのように淡く、もう片方は琥珀に近い。産地も品種も同じだと言われても、にわかには信じにくい色の差です。
フィノとオロロソとは、同じ産地の同じぶどうから生まれながら、熟成の道筋が違う二つのタイプのこと。分けているのは、液面に白い膜が張るかどうか。
たった一枚の膜が、色も香りも、合う料理までも変えてしまいます。

分岐点はどこにあるか
まず、素になるワインを造ります。主役は淡白な白ぶどうで、それ自体には強い個性がありません。この物足りなさが、あとから複雑さを受け入れる余白になる。
そこへアルコールを加えて度数を高めます。ここが運命の分かれ道です。
度数を低めに設定した樽では、液面に酵母が繁殖して白い膜を作ります。フロール、つまり花と呼ばれる産膜酵母の層です。度数を高く設定すると、この酵母は生きられず、膜は張りません。
樽は満杯にせず、少し空間を残します。膜が呼吸するための余地です。そしてソレラという段組みの仕組みに載せられ、若い酒を足されながら年月を重ねていく。
フィノという道
膜の下では、ワインが空気からほぼ遮断されます。だから色が濃くなりません。淡いまま、年を重ねる。
同時に、酵母は樽の中の成分を食べ、代わりに独特の香りを残します。焼いたパンの皮、アーモンド、ほんのりとした塩気。生き物が関わる熟成なので、これを生物的熟成と呼びます。
出来上がるのは、驚くほど辛口で、輪郭のはっきりした酒です。よく冷やして、小ぶりのグラスで。開栓後は膜の保護がなくなりますから、白ワインと同じ感覚で早めに飲み切るのが基本です。ここは重い酒精強化ワインの常識と違うところで、間違えやすい。
海に面した町で同じ造りをすると、湿った風の影響で膜がより厚く保たれ、いっそう繊細な性格になります。それがマンサニージャと呼ばれるものです。
オロロソという道
膜のない樽では、ワインは空気に触れ続けます。ゆっくりと酸化が進み、色は黄金から琥珀、さらに濃い茶へ。香りはクルミやドライフルーツ、古い木を思わせる方向へ動いていきます。
こちらは化学的な酸化が主役なので、酸化的熟成と呼びます。度数が高く、口に含むと厚みがある。ただし、基本は辛口です。色が濃いから甘いだろう、と思われがちですが、甘さを感じるとしたら別の甘口を後から加えているためです。
途中で膜が消えると、両方の性格をあわせ持つタイプになります。フィノの時代を経てから酸化熟成へ移るもので、淡い色の面影を残しつつ香ばしさが乗る。同じ蔵の中に、こうした中間の道も並んでいるわけです。
そして極端な甘口。天日で干したぶどうから仕込むペドロ・ヒメネスは、また別の系統ですが、やはり同じヘレスの町で育ちます。
料理との相性
性格が違えば、合う皿も変わります。
フィノは、塩気とうまみに寄り添います。立ち飲みのカウンターでアセイトゥナス、ボケロネス、乾いた木の実。アンダルシアの揚げものや炭火の小イワシ、マテ貝のような海のものにも。冷えた辛口が、油と塩を切っていきます。同じ土地で育ったシェリー酢を使った一皿とも、当然のように噛み合う。
オロロソは、力のある料理と組みます。きのこ、カジョスのような内臓の煮込み、ラボ・デ・トロ、熟成チーズ。イベリコ豚の脂とも相性がいい。薪火の料理の香ばしさとは、香りの方向が正面から揃います。
出す温度は変えます。フィノはしっかり冷やし、オロロソは軽く冷やす程度で。同じ産地の酒でこれだけ幅がある、というのがこの世界の面白いところです。ほかのワインの話はコラム一覧からどうぞ。