冬のマドリード、路地裏の古い食堂。厨房の奥から、パプリカとニンニクの混じった匂いが漂ってきます。土鍋がひとつ運ばれてきて、まだ表面が波打っている。スプーンを入れると、少し粘ります。

カジョス(Callos)とは、牛の第二胃、いわゆるハチノスを、トマトとパプリカでじっくり煮込んだスペインの料理のこと。首都マドリードの名物として知られ、「カジョス・ア・ラ・マドリレーニャ」の名で呼ばれます。バルの黒板にこの名前があれば、その店は本気の煮込みを出す店だと思っていい。

固いものを、時間だけで柔らかくする料理です。食材としてのハチノス、煮込みの手順、独特のとろみの正体、そして合わせる一杯までを追いかけます。

厚手の鍋でとろりと煮上がった煮込み

カジョスとは

カジョスは、スペイン語で「胃袋」を指す言葉です。

使うのは牛の胃。反芻動物である牛には胃が四つあり、なかでも蜂の巣状の襞を持つ第二胃が主役になります。日本の焼肉でハチノスと呼ばれるあの部位です。地方によっては、ここに牛の足に近い部位や豚の耳、鼻先などを加えることもあります。

見た目は白く、生の状態ではゴムのように固い。そのままでは食べられません。徹底的に洗い、下茹でをして、それから何時間もかけて煮る。手間の総量が味になる、そういう料理です。

なぜこんな部位を食べるのか。答えは単純で、捨てなかったからです。コシードファバダと同じく、限られた食材を余さず使い切る発想から生まれています。

マドリード風の作り方

下処理を終えたハチノスを、香味野菜と一緒に長時間茹でます。ここで柔らかさの土台をつくる。

味の骨格を決めるのは、ピメントン。燻したパプリカの粉が、鍋全体をあの赤茶色に染めます。ここにトマト、玉ねぎ、ニンニク、ローリエ。ときにハモンの骨を放り込んで出汁を強めます。

そして、腸詰め。チョリソーモルシージャを加えるのがマドリード流です。チョリソーの脂がスープに溶け出して赤みと甘みを足し、モルシージャがこっくりとした厚みを加える。保存食として仕込まれた腸詰めが、ここでも仕事をしています。

辛味を効かせる店もあります。ギンディージャという小さな唐辛子を一本、あるいは辛口のピメントンで。ぴりりとした後味が、脂を切ってくれます。

とろみの正体

カジョスを食べたとき、唇が少し粘る感覚があります。とろみ剤は使っていません。

正体はゼラチンです。ハチノスや足まわりの部位に含まれる大量のコラーゲンが、長時間の加熱でゼラチンに変わり、煮汁に溶け出す。冷めると鍋ごと固まってしまうほどの濃度になります。

このとろみが、パンを呼びます。鍋底に残ったソースを、パンで拭って食べる。それがこの料理のいちばん幸福な瞬間かもしれません。

内臓料理には独特の香りがあります。それを嫌う人もいますが、下処理と香辛料でその香りは風味へと変わる。名脇役の香辛料たちが果たしている役割は、こういう料理でこそ大きい。素朴で滋味深いカスティーリャの食卓を象徴する一皿でもあります。

ワインとの相性

濃い、粘る、少し辛い。そこに必要なのは、しっかりした酸と骨格のある赤です。

定番はテンプラニーリョ。パプリカの香りと赤い果実の香りは、意外なほど同じ方向を向きます。もっと力強く受け止めたいなら、ガルナッチャ主体のものや、プリオラートの濃密な一本も選択肢になります。

面白いのは、ベルモットとの相性です。ハーブの苦みが内臓の香りを整え、甘みがパプリカと呼応する。マドリードのバルで昼前にカジョスの小皿とベルモットを並べる光景には、ちゃんと理由があります。

冬の料理です。寒い日に、火を囲んで食べる料理の系譜。ほかの煮込みや腸詰めの話は、コラム一覧からご覧いただけます。