熱した鉄板の上に、細長い貝が横一列に並べられます。長さは十数センチ、幅は二センチほど。数十秒すると殻がわずかに開き、中から身がのぞく。すかさずレモンとパセリを散らし、皿に移す。厨房で起きているのは、それだけです。
ナバハス(Navajas)とは、スペイン語でマテ貝のこと。細長い殻の形が折りたたみナイフ(ナバハ)に似ていることから、この名がつきました。ガリシアやアンダルシアの砂浜で採れ、バルのカウンターでは鉄板焼きの定番として並びます。
短時間で完成するがゆえに、失敗すると取り返しがつかない。この貝の面白さは、その潔さにあります。生態から焼き方まで見ていきます。

ナバハスとは
砂に潜って暮らす二枚貝です。
殻は細長い長方形で、両端が開いたまま。片方から水管を伸ばして海水を取り込み、プランクトンを濾しとって生きています。砂の中に垂直に潜り、危険を感じると驚くほどの速さで深く沈んでいく。
身は白く、少し透明感があります。加熱すると縮んで締まり、こりこりとした歯ごたえが出る。味は淡白でありながら、噛むと磯の甘みがはっきり残ります。アサリのように出汁を取る貝ではなく、身そのものを食べる貝です。
マリスコスの中では、値段としては中位。ただし新鮮なものが手に入る場所は限られ、日本ではまだ珍しい部類に入ります。
砂浜での採り方
採り方に、この貝の性格がよく出ています。
引き潮の砂浜には、小さな穴がぽつぽつと開いています。マテ貝が潜っている印です。この穴に塩をひとつまみ落とす。すると、海水の塩分濃度が急に上がったと錯覚した貝が、あわてて砂から飛び出してくる。それを素早くつかむ。
道具はほとんど要りません。塩と、手だけ。潮の干満を読み、砂を見て、待つ。原始的な漁ですが、いまもガリシアやアンダルシアの浜で行われています。
ペルセベスのような命がけの採取とは対照的に、これは穏やかな作業です。それでも、獲れる場所と時間は潮に支配されている。市場に並ぶ日と並ばない日があるのは、そのためです。
砂の中に暮らす貝ですから、身の中に砂を抱えています。この下処理が、料理の出来を決める最初の関門になります。
プランチャで数十秒
焼き方の答えは、はっきりしています。強い鉄板で、極端に短く。
プランチャとは、厚みのある鉄板のこと。網焼きと違い、面全体が素材に接するため、熱が一気に伝わります。マテ貝のように薄く細長い素材には、この熱の入り方が向いています。
殻を下にして並べ、数十秒。殻が開き、身の縁がわずかに白く縮んだところで引き上げる。ここで欲を出して火を通しすぎると、身が締まりすぎてゴムのようになります。焼き加減の見極めに許される幅は、おそらく十数秒しかありません。
味付けは、オリーブオイル、レモン、パセリ、そして塩をひとつまみ。それ以上は不要です。素材だけで成立させるという発想は、素材で語るガリシアの流儀そのもの。
網の熾火で焼く手もあります。薪の煙をまとわせると、磯の香りに香ばしさが重なる。ただし小さく薄い素材ですから、火の管理はより難しくなります。小イカを焼くときと近い緊張感です。
下処理は、塩水に浸けて砂を吐かせるところから。それでも殻の中に砂が残ることがあるので、焼いたあとに身を軽く洗う店もあります。地味な工程ですが、この一手間が皿の印象を左右します。
ワインとの相性
淡白で、塩気があり、レモンの酸を伴う。合わせるべきは、キレのある白です。
筆頭はリアス・バイシャス。同じガリシアの海が育てた白ワインで、柑橘の酸とほのかなミネラル感が、マテ貝の甘みを引き立てます。産地が同じというのは、それだけで強い理由になります。
バスクのチャコリも好相性。微発泡が、貝の後味を軽く洗い流します。海辺で立ったまま貝をつまみ、チャコリを流し込む。ピンチョスの文化と地続きの光景です。
赤を選ぶなら、よく冷やしたロサードまで。重い赤はこの繊細さを潰します。温度は低めに保つのが鉄則です。
数十秒で決まる一皿。だからこそ、素材と火の関係がむき出しになります。ほかの海の幸の話は、コラム一覧からご覧ください。