小瓶の栓を抜くと、まず酸のとがった匂いが立ちます。しかしその奥から、木の香りとナッツのような甘い香りが遅れて上がってくる。これは、ただの酢ではない。

シェリービネガー(Vinagre de Jerez)とは、スペイン南部アンダルシア地方のヘレス周辺で造られる熟成酢。原料はシェリー酒です。ワインを酢酸発酵させ、樽で長期間寝かせる。だから酒の性格が、そのまま酢に受け継がれます。

酸味を足すためだけの調味料ではありません。香りを足す調味料です。

熟成庫に並ぶ樽

シェリービネガーとは

酢は、アルコールが酢酸菌によって酢酸に変わることで生まれます。ワインが酢になるのは、その意味で自然な流れ。

原料となるシェリー酒は、ヘレス周辺で造られる酒精強化ワイン。白ぶどうから造られ、樽で熟成させる過程で独特の風味を得ます。この酒を酢に転じさせ、さらに樽で寝かせたものがシェリービネガーです。

したがって色は琥珀色から濃い褐色。香りには樽由来の木の要素と、酸化熟成によるナッツのような要素が含まれます。原産地呼称によって産地と製法が管理されており、熟成年数によって等級が分かれます。

ワイン大国スペインの副産物、という言い方は少し不正確でしょう。副産物ではなく、独立した製品として磨かれてきたものです。

ソレラという熟成の仕組み

シェリー酒とシェリービネガーには、ソレラシステムと呼ばれる独特の熟成方法が使われます。

複数の樽を段に積み、下段から製品を少しずつ抜き出す。抜いた分だけ、上段の若いものを補充する。これを繰り返すことで、樽の中身は常に新旧が混ざった状態になります。

結果として、極端に古いものと新しいものが平均化され、品質が安定する。同時に、長期の熟成成分が少しずつ全体に行き渡ります。クリアンサとレセルバを分ける歳月がヴィンテージごとに区切られるのとは対照的で、こちらは年を混ぜていく発想。ヴィンテージという言葉が意味を持たない世界です。

熟成が長いほど、酸のとがりが丸くなり、複雑な香りが増します。

料理での使い方

まず思い浮かぶのは、冷たいスープ。ガスパチョサルモレホに少量加えると、トマトの甘さに輪郭が生まれます。灼熱の太陽が生んだ冷製料理にとって、酸は暑さをしのぐ要素でもある。

魚介にも欠かせません。ボケロネスは酢で締める料理ですが、シェリー酢を使えば香りに深みが加わる。焼いた魚に数滴落とすのも、アサドールの現場でよく見られる仕上げです。

肉料理では、脂を切る役割。熟成肉イベリコ豚のセクレトのような脂の多い一皿に、酸をひと筋通す。焼いた野菜エスカリバーダにかければ、焦げの苦みと酸が噛み合います。

煮込みに深みを足すピカーダと同じで、これは仕上げに効かせる調味料。加熱すると香りが飛ぶので、火を止めてから加えるのが基本です。

使う量と、選び方

強い調味料ですから、量は控えめに。数滴で一皿の印象が変わります。

アリオリロメスコといったソースに少量混ぜると、味の重心が締まる。オリーブオイルと合わせてドレッシングにするなら、油に対して酢は少なめから始めるのが無難です。

熟成の若いものは酸が鋭く、料理の下ごしらえや大量に使う用途向き。長期熟成のものは香りが複雑で、仕上げに数滴という使い方が向きます。塩を使い分けるだけで料理が変わるのと同じ発想で、酢も場面ごとに使い分ける。

市場で瓶を選ぶとき、等級表示を確認すると目安になります。

ワインとの関係

酢とワインを同じ食卓に並べる際は、注意が要ります。強い酸は、ワインの酸を鈍らせるからです。

シェリー酢をたっぷり使った料理には、酸のしっかりしたチャコリリアス・バイシャスのような白が向く。ワイン側の酸が負けなければ、両立します。

肉料理に少量効かせた程度なら、テンプラニーリョ主体の赤でも問題ありません。温度を少し低めに整えれば、酸の輪郭が揃います。

酒から生まれた調味料が、また酒の隣に戻ってくる。ほかの調味料や技法の話は、塩の使い分けコラム一覧からどうぞ。