夏の夕方、海沿いの砂浜。古い木造船に砂を詰め、その上で薪を燃やしています。竹の串に刺したイワシが数本ずつ、火のそばに斜めに立てられている。皮が焦げ、脂が滴り落ちて、煙が海風に流れていく。ビールと一緒に、手で持って食べる。皿すら使わないこともあります。
サルディーナス(Sardinas)とは、スペイン語でイワシのこと。地中海側でも大西洋側でも獲れる、もっとも身近な魚のひとつです。とりわけ夏のマラガ周辺では「エスペト」と呼ばれる串刺しの炭火焼きが名物になっています。
安い魚です。それが、ある季節だけ、ごちそうになる。理由を追いかけます。

サルディーナスとは
イワシは、青魚の代表格です。
背中は青銀色に光り、腹は白い。身は赤みがかっていて、脂が多く、独特の風味があります。この風味を苦手とする人もいますが、新鮮なものにはえぐみがなく、旨みだけが残る。
スペインでは古くから大量に獲れ、庶民の食卓を支えてきました。干し鱈のように保存に回されることも多く、塩漬けや缶詰、オイル漬けとして流通します。それでも、いちばん贅沢な食べ方は、獲れたてを焼くこと。
脂の量は季節で大きく変わります。産卵前の初夏から夏にかけて、餌をよく食べたイワシは脂を蓄える。「サン・フアンの祭り(六月下旬)を過ぎたらイワシ」といった言い伝えが地域に残るのは、この時期からが旬という経験則です。季節で料理が変わるという感覚が、はっきり形になっている魚です。
エスペトという食べ方
マラガの海岸で見られるエスペトは、独特の光景です。
砂を敷いた小舟の中で薪を燃やし、熾火をつくる。竹や葦の串にイワシを数尾刺し、火の脇の砂に斜めに突き立てる。串は火の真上ではなく、横から輻射熱を受ける位置に置かれます。
なぜ真上に置かないのか。脂が滴り落ちて炎が立ち、魚が焦げてしまうからです。横から炙れば、脂は下ではなく手前に落ちる。じっくり皮が乾き、身がふっくら火を通される。理にかなった配置です。
そしてもうひとつ。この位置なら、薪の煙が魚を撫でていく。燻された香りが、青魚特有の風味と重なります。使う薪の種類によって、香りの出方も変わってきます。
アサドールという魚の焼き方と発想は同じです。火と魚のあいだにどれだけの距離を取るか。この距離が、焼き魚の技術のすべてと言ってもいい。炎と熾火だけで料理を完成させる考え方が、砂浜の上でも実践されています。

塩だけで焼く理由
味付けは、粗塩のみ。それ以上を足す店はほとんどありません。
理由は明快です。イワシには、それ自体に十分な脂と旨みがある。加えるべきは、それを引き出す塩と、輪郭をつける香ばしさだけ。オリーブオイルを塗る必要すらありません。焼けば自分の脂が回るからです。
内臓も、そのままにすることがあります。小さなイワシなら、はらわたのほろ苦さが味の奥行きになる。これを取るか残すかは、地域と好みの分かれ目です。
同じ小魚でも、ボケロネスはカタクチイワシを酢に漬けて食べる料理。あちらが酸で仕立てるのに対し、こちらは火で仕立てる。素材が近くても、方向がまったく違います。アンダルシアではどちらも定番で、フライにする「フリトゥーラ」という道もあります。
食べ方は、手で。串から外し、頭を落とし、背骨に沿って身をはがす。指が脂で光るのを気にしないのが、この料理の正しい態度です。夏の食のリズムそのものだと言えます。
ワインとの相性
脂のある青魚と、炭の香ばしさ。合わせるなら、酸のはっきりした冷たいものです。
まずチャコリ。微発泡と鋭い酸が、青魚の脂をきれいに切ります。高い位置から注いで泡を立てる作法も、海辺の食卓によく似合う。
リアス・バイシャスのアルバリーニョも、柑橘の酸が同じ働きをします。しっかり冷やしたロサードは、炭の香ばしさと果実味が響き合って、夏の夕方にはこれ以上ない選択かもしれません。
重い赤は避けたいところ。青魚の風味とタンニンがぶつかると、金属的な後味が出ることがあります。温度を低く保つことも、この料理では特に効きます。
もっとも安い魚が、もっとも贅沢な食べ方をされる季節。夏のスペインを象徴する一皿です。ほかの魚料理の話は、コラム一覧からご覧ください。