市場の氷の上に、ぎょっとするものが置かれています。巨大な頭、大きく裂けた口、並んだ鋭い歯。その後ろに、思いのほか慎ましい胴体がついている。魚屋はこの頭を平然と落とし、白い尾の部分だけを客に渡します。
ラペ(Rape)とは、スペイン語でアンコウのこと。日本では冬の鍋の食材として知られますが、スペインでは通年で使われる主力の白身魚です。煮込みにしても、焼いても、揚げても崩れない。その扱いやすさが、料理人に重宝される理由になっています。
見た目と中身のこの落差は、どこから来るのか。構造から調理法まで見ていきます。

ラペとは
食べるのは、頭を落とした尾の部分です。
この部位を切ると、驚くほど単純な構造をしています。中央に軟骨質の背骨が一本通っているだけで、小骨がほとんどない。左右に太い筋肉が付いているだけ。だから、骨を外すのも身を切り分けるのも簡単です。
身は白く、透明感があります。加熱すると締まり、独特の弾力が出る。ほろりと崩れるメルルーサとは対照的で、こちらは噛みごたえのある白身です。この食感から「海の仔牛」「海の伊勢海老」といった呼ばれ方をすることもあります。
味そのものは淡白で、癖がない。だからこそ、ソースや出汁を受け止める器として機能します。白身魚の代表格が繊細さで愛されるのに対し、ラペは頑丈さで選ばれる。
骨が一本、という強み
小骨がないという性質は、料理においては決定的な利点です。
まず、煮込みに使える。煮崩れしにくく、長く火にかけても身が散らない。サルスエラのような魚介の煮込みや、米料理に入れても形が残ります。魚が入るパエリアでラペがよく選ばれるのは、この理由からです。
次に、串に刺せる。厚く切った身を串に通し、野菜と交互に並べて炭火のピンチョにする。崩れる魚ではこれができません。
そして、焼ける。熾火の上で、身が落ちる心配なく焼き上げられる。薪の香りをまとわせても、繊細な白身のように香りに負けることがない。
落とされた頭も無駄になりません。骨とゼラチン質が豊富で、煮出せば濃厚な魚の出汁が取れる。この出汁が、そのまま煮込みや米料理のベースになります。一尾で二役、という効率のよさも重宝される理由です。
煮込みと焼き、二つの道
ラペの料理は、大きく二つに分かれます。
ひとつは、煮込み。カタルーニャでは、ロメスコのようなナッツとパプリカのソースで煮る。バスクでは、緑のソースで貝と一緒に煮る。北部の郷土料理では、サフランを効かせたスープ仕立てにする。淡白な身が、周囲の味を吸い込んでいく。
もうひとつは、焼き。厚く切った身に塩を振り、プランチャか網で焼く。表面に香ばしい層をつくり、中心はしっとりと。アサドールという焼き方の対象としても優秀です。焼いたあとにオリーブオイルとニンニクをかけるだけで一皿になります。
どちらの道でも、注意点は同じです。火を入れすぎると、あの弾力が硬さに変わる。焼き加減の見極めは、身の中心が白く変わったところが目安になります。
肝を珍味として扱う点も、日本と共通しています。塩をして蒸し、冷やして薄く切る。濃厚な旨みは、小皿料理の中でも異彩を放ちます。
ワインとの相性
淡白だが弾力がある、という性格は、意外に幅広いワインを許します。
シンプルに焼いたものなら、リアス・バイシャスの白。酸とミネラルが、白身の甘みを引き締めます。焼き目の香ばしさには、少し厚みのある白のほうが合うこともあります。
サフランやパプリカを使った煮込みなら、ロサードが優秀です。魚と赤い香辛料の両方に橋を架けてくれる。トマトベースの煮込みなら、軽めのガルナッチャまで踏み込んでも破綻しません。
グラスの形を変えるだけで、香りの立ち方が変わります。魚料理だからと反射的に細身のグラスを選ばず、ソースの濃さに合わせて選ぶと、印象が整います。
見た目で敬遠されがちで、味では信頼されている魚。市場での立ち位置がそれを物語っています。ほかの魚料理の話は、コラム一覧からどうぞ。