日本の食卓で、この魚の名を口にすることはめったにありません。フライの原料としてなら食べているかもしれませんが、名前まで意識する人は少ないでしょう。

ところがスペインでは事情がまったく違います。「Merluza(メルルーサ)」といえば、誰でも知っている。家庭の鍋にも、高級レストランの皿にも同じ顔で登場する。国民的な魚、という言い方が誇張になりません。

タラ目メルルーサ科に属する白身魚で、大西洋やカンタブリア海、地中海と広い海域でとれます。派手さはない。それなのに、なぜこの魚が食卓の中心に座り続けているのか——その理由を追っていきます。

水揚げされたばかりの銀白色に輝く魚

メルルーサとは

細長い体に、大きな口。成魚は1メートル近くまで育つものもあります。姿はなかなか迫力があるのですが、身のほうは対照的に控えめです。

雪のように白く、繊維はやわらか。脂は少なく、クセもない。——これを「特徴に乏しい」と読むか、「何にでも化ける」と読むかで、この魚の評価は分かれます。スペインは後者を選びました。塩と火だけの簡素な調理から、手の込んだソース料理まで、どこに置いても収まる。

だから鮮魚売り場では切り身が定番として並び、メルカドの魚介店でもごく当たり前に扱われています。消費量の多い魚のひとつです。

名前の由来と生態

「Merluza」の語源には諸説あります。よく知られているのは、ラテン語で「海の乳」を意味する言葉に由来するという説。あの白い身を見れば、名づけた人の気持ちはわかります。

生態は、名前の穏やかさとは少し違います。深海から沿岸の浅い海域まで幅広く生息し、群れで小魚を追う肉食魚。主要な漁場は大西洋沿岸のガリシア地方とカンタブリア海沿岸です。鮮魚のほか、冷凍や塩漬けにして流通することもある——鱈を塩漬けにするバカラオの国ですから、保存の道が用意されているのは自然な流れです。

スペインで愛される理由

メルルーサが特別な地位にあるのは、突出した個性があるからではありません。逆です。万能だから重宝されている。

淡白な白身は、素材の味で押す料理にも、ソースで押す料理にも応じます。しかも価格が比較的手ごろで、毎日の食卓に持ち込める。この「毎日使える」という条件が、国民的な魚になるための最後の一押しです。

地方ごとの調理法も豊富です。バスク地方の名物「メルルーサのサルサ・ベルデ(緑ソース煮)」、衣をつけて揚げる「メルルーサのフライ」。美食の聖地と呼ばれるバスクが手をかけたのも、この魚がどんな仕立てにも従うからでしょう。

淡白であることは、弱点ではなく機能です。その土地の食材やソースの個性を、そのまま映して見せる鏡になる。

ハーブとオリーブオイルをまとって焼かれた白身魚

グリルでの焼き方のコツ

扱いやすい魚ですが、火にかけると急に難しくなります。水分が多くやわらかい身質のため、加熱しすぎるとパサつく。しかも境目がはっきりしません。

コツは皮目から焼くこと。皮側をしっかり焼いて表面をパリッと立て、身の側は短時間でさっと通す。この非対称な火入れが基本です。

薪料理のように炎と熾火を使う調理では、遠赤外線がじっくり、それでいて手早く熱を届けてくれます。外は香ばしく、中はふっくら。アサドールの豪快な魚の焼き方が魚介に向いている理由も、ここにあります。

仕上げは、良質なオリーブオイルをひとまとわせ。塩の使い分けまで気を配れば、それ以上の細工は要りません。

代表的な料理とバリエーション

同じ魚が、地方ごとに違う顔を見せます。

バスク地方のサルサ・ベルデ煮込みは、パセリとニンニク、オリーブオイルで作る緑のソースに、あさりを添えて煮る一皿。カンタブリア地方では衣をつけたフライが親しまれています。ガリシア地方はもっと引き算をする——タコのガリシア風と同じように、ゆでる、蒸す。素材そのままで語るガリシアの流儀が、この魚にも適用されるわけです。

そして忘れられがちなのが骨と頭。ここからとる出汁はカルドとして、コシードのような煮込み料理に活きることがあります。身だけの魚ではありません。

ワイン・料理との相性

繊細な白身に、重いワインは合いません。キレのある白を選びます。

ガリシアのリアス・バイシャス、バスクのチャコリ。酸とミネラル感の際立つ白ワインは、メルルーサの上品な旨みを消さずに持ち上げてくれます。この魚がとれる海と同じ場所のワインですから、産地から選べば外れません。軽やかなロサードも同じ席に座れます。オイルを効かせた前菜にパン・コン・トマテを添えるのも、スペインらしい始め方です。

Opus 6でも、薪火の熱でグリルしたメルルーサを季節の一皿としてお出ししています。

派手な魚ではありません。だからこそ、火の腕がそのまま出る。

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