網に挟まれた大ぶりの魚が、炎の上でゆっくり返される。ソースはなく、皿の飾りもなく、厨房から出てくるのは塩をふった魚一匹。それで料理として完結してしまうのが、この焼き方の恐ろしいところです。

魚介の薪火焼きは、スペイン語で「アサドール(Asador)」と呼ばれる、炭と薪の直火で魚や貝を焼き上げる調理法。もともとは「焼き手」「焼く人」を意味する言葉でした。つまり人を指す言葉です。それがいまでは、バスク地方を中心に、魚介や肉を炎で豪快に焼く専門店とその調理スタイル全体を指しています。

料理名ではなく、焼く人の名前が残った。この一点にすべてが表れています。

炭火の網の上で焼かれる大ぶりの魚

アサドールとは

アサドールは、炭火や薪料理の炎を熱源に、網(パリージャ)で食材を挟んで焼き上げるスタイルです。肉料理を指すことも多い言葉ですが、海に面したバスクや北部スペインでは、もっぱら鮮魚や貝、甲殻類の専門店を意味します。

味つけは、と上質なオリーブオイルだけ。増やす選択肢がないのではなく、増やさない選択をしている。技術のすべてが、火の側に置かれているのです。

歴史・由来

この焼き方は、洗練の結果ではありません。港の必要から出てきたものです。

大西洋とビスケー湾に面した豊かな漁場を背景に、バスクは古くから魚介を炭火で焼いてきました。港町の食堂が、水揚げされたばかりの魚をそのまま炭火にのせて出す。手を加える理由がなかった、と言ってもいい。それが「アサドール」という業態として固まっていきます。

そして20世紀後半以降、ゲタリアなど沿岸の町の名店が評判を呼びました。素材と炎だけで勝負する焼き技が、バスク・ガストロノミーの名声を支える柱の一つになった。港の食堂のやり方が、そのまま最高峰まで昇っていったわけです。

特徴と焼き方のコツ

豪快な見た目に反して、実際にやっているのは繊細な調整です。真髄は、火加減と距離の見極め。

強すぎる炎は、表面を焦がして身の水分を奪います。だから使うのは、炎が落ち着いたあとの熾火。穏やかな熱のほうが、魚には効く。

そして手数も、限界まで削られています。魚を金属製の網(パリージャ)に挟んで固定し、皮目からじっくり焼いて脂を落とす。返すのは、一度だけ。身が崩れるからです。

焼き上がりに、オリーブオイルと刻みニンニク、酢を軽く絡めた「ソース・ビスカイナ」や「ピルピル」風の油を回しかけることもあります。ただしそれは化粧です。主役は最後まで、炭と薪の香りを纏った魚そのもの。

皮目をパリッと焼き上げた魚介の一皿

代表的な魚介と産地

網にのるものは、季節と土地で入れ替わります。バスクならメルルーサや舌平目、キンメダイに似たベスゴ(鯛の一種)が定番。伊勢海老や手長海老、殻付きのホタテといった甲殻類・貝類も、炭火焼きの主力です。

ガリシアではタコのガリシア風(プルポ)のように茹でる調理が有名ですが、沿岸部にはタコやイカを直火で炙る店も少なくありません。

そして変わるのは魚だけではない。熱源も変わります。炭、薪、ぶどうの木の枝。何を燃やすかで香りが動くのですから、産地の数だけ答えがある、ということになります。

ワイン・料理との相性

燻香をまとった魚に必要なのは、切れ味です。バスクの微発泡白ワインチャコリの鋭い酸味が、まっすぐ合います。ガリシアのリアス・バイシャスのようなミネラル感の強い白や、軽やかなロサードも同じ役目を果たしてくれる。

魚が焼き上がるまでの時間には、パン・コン・トマテピンチョスを一つ二つ。待つことまで献立に入れてしまうのが、バスクらしい流儀です。

Opus 6でも、薪火を活かした魚介料理は看板の一つ。炎と向き合う焼き手の技を、ぜひ味わってみてください。

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