氷を敷いた大皿が、両手で運ばれてきます。エビ、カニ、貝。まだ湯気の名残があるものと、冷たいまま光っているもの。ソースはほとんど見当たりません。

これがマリスコス(mariscos)です。スペイン語で「魚介類・貝類」を意味し、エビやカニ、貝、イカ、タコを指す言葉。ただし料理名として使うときは、もう少し広い意味になります。新鮮な魚介をできるだけ簡素に調理して、大皿やトレーにまとめて盛る——そのスタイル全体の呼び名です。

家庭の食卓にも、バルのカウンターにも並ぶ。スペインの海を語るなら、まずここから入るのが早い。

氷の上に盛られたエビ、貝、カニなどの魚介盛り合わせ

マリスコスとは

スペイン語では、海のものが二つに分かれます。魚は「ペスカード(pescado)」。そして殻や甲羅を持つものが「マリスコス」。魚屋の並びも、この線で分かれています。

メニューに登場するときは、たいてい調理法がくっついてきます。「マリスコス・コシードス(mariscos cocidos=ゆで魚介の盛り合わせ)」、「マリスコス・ア・ラ・プランチャ(鉄板焼き)」。プランチャという鉄板の技法は、まさにこういう素材のためにあるようなものです。

複数の魚介を一皿にまとめる。手は最小限で止める。この二つが約束事になっています。

歴史・由来

スペインは、大西洋とカンタブリア海、地中海に囲まれています。三方が海。漁業が生活の基盤になったのは、地図を見れば納得のいく話です。

なかでも別格とされるのが、大西洋岸のガリシア地方。複雑に入り組んだ入り江(リアス)が、良質な魚介を育てます。タコのガリシア風がこの土地の名を背負っているのも偶然ではなく、ガリシアの皿が素材で語るという流儀そのものが、海の質に支えられています。

そしてマリスコスというジャンルは、レストランで発明されたものではありません。港町の市場や祭りで、その日揚がったものをその場でゆで、焼いて食べる。そういう現場から自然に形になっていきました。だから調理が簡素なのです。手を加える時間がなかった、という言い方もできます。

代表的な食材

顔ぶれは、実に多彩です。

車海老に似たガンバ(gamba)、ホワイトシュリンプのキスキージャ(quisquilla)。カニは渡り蟹のネコラ(nécora)と、大ぶりのセントージョ(centollo)。貝はアサリのアルメハ(almeja)、ムール貝のメヒジョン(mejillón)。そしてペルセベス(percebe)——フジツボの一種で、見た目に驚く方も多いのですが、スペインでは珍味として扱われます。

ガンバスとアヒージョの関係を知っていれば、海老一つでも調理の道が何本もあることがわかります。マリスコスの場合、氷の上に盛った冷製か、塩ゆでか、鉄板焼き。この三択が基本です。

殻付きのまま焼き上げられたエビとレモン

調理法と味わいのポイント

塩ゆでのレシピを聞くと、拍子抜けするかもしれません。湯に塩と月桂樹の葉を入れる。以上です。

鉄板焼き(ア・ラ・プランチャ)も似たようなもので、良質なオリーブオイル、にんにく、粗塩。それで仕上げてしまいます。ここで大事なのは、足さないという判断です。塩の選び方ひとつで輪郭が決まる料理では、余計な味つけがそのまま邪魔になる。

もうひとつ人気の道が、薪火や炭火。直火の熱が魚介の水分を程よく飛ばし、うまみを凝縮させます。アサドールという豪快な焼き方がまさにこれで、当店でも薪料理の技法を生かして魚介を焼き上げるメニューをご用意しています。簡素であることと、雑であることは違う。この線引きが、マリスコスという料理の勘所です。

産地とバリエーション

同じスペインでも、マリスコスの立ち位置は地方で変わります。

ガリシアの魚介は国内でも別格で、市場では他地域より高い値がつくことも珍しくありません。メルカドの魚介店を覗けば、その扱いの差はすぐに見て取れます。

地中海側のアンダルシアやバレンシアでは、魚介は米と組みます。パエリアの具材として、あるいは小エビや貝をふんだんに使ったパエリア・デ・マリスコス(魚介のパエリア)として。同じ食材が、主役から具材へ配置転換されるわけです。

バスク地方はまた別の道を選びました。串と一口の世界です。ピンチョスのなかには魚介を主役にしたものが数多くあり、串一本の上で海の幸が完結しています。

ワイン・料理との相性

魚介の甘みは繊細です。だから寄り添う白ワインを選びます。

まず名前が挙がるのが、ガリシア産アルバリーニョのリアス・バイシャス。魚介と同じ海が育てたワインですから、合わないわけがない。微発泡でキレのあるチャコリ、軽やかなロサードも同じ席に座れます。

食前の一杯にはスペインのベルモット。そこにパン・コン・トマテを添えれば、もう海を待つだけの準備が整います。

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