運ばれてきた皿に、魚が乗っていません。黄金色の米だけ。魚はどこへ行ったのかと思っていると、少し遅れて別の皿がやってきます。
アロス・ア・バンダ(Arroz a Banda)とは、魚介のだしで米を炊き、だしを取った魚は別皿で供する料理。「バンダ」は「脇に」「別に」という意味です。地中海沿岸、アリカンテ周辺の港町で生まれたと言われています。
一皿に盛らない。分けることに、理由があります。

アロス・ア・バンダとは
作り方は、二段構えです。
まず、魚をじっくり煮てだしを取る。骨や頭からもうまみを引き出し、澄んだ液体にする。次に、そのだしだけで米を炊く。魚の身は取り出して、別に味付けして出す。
だから米の皿には、具が乗っていません。見た目は地味です。けれど口に運ぶと、一粒ずつに魚のうまみが染みている。具がないぶん、だしの質が丸見えになる。ごまかしのきかない料理です。
パエリアが具材を並べて見せる料理だとすれば、こちらは引き算。素材で語るガリシアの流儀とも通じる、潔さのある構成です。
漁師料理としての背景
生まれは船の上、あるいは港。そう伝えられています。
漁師が売り物にならない小魚や雑魚を煮て、そのだしで米を炊いた。魚は身をほぐして食べ、米は米で食べる。限られた食材を無駄なく使い切る発想です。マリスコスの豊かな海を持つ地域だからこそ、雑多な魚が日常的に手に入りました。
同じ地中海沿岸でも、内陸に入れば事情が変わります。カスティーリャの素朴な食卓が豆や肉を中心に組み立てられたのに対し、海沿いは魚が主軸。土地が料理を決めるという当たり前のことが、米料理にもそのまま現れています。
漁の合間に作られたものが、やがて店の看板料理になった。港町の市場で今も同じ魚が並んでいます。
アリオリという相棒
この料理には、多くの場合アリオリが添えられます。
ニンニクとオリーブオイルを乳化させた、白く濃いソース。これを米に少し混ぜて食べる。だしのうまみに、ニンニクの香りと油のコクが加わる。淡白になりがちな一皿に、輪郭が生まれます。
添える理由は味だけではありません。だしだけで炊いた米は、どうしても単調になりやすい。途中で味を変えられる仕掛けがあると、最後まで飽きずに食べられる。合理的な工夫です。
魚のほうには、レモンや良質なオリーブオイルを回しかけることも。塩の使い分けひとつで、同じ身の味が変わります。

米と、炊き方
使うのはボンバ米のような短粒種。だしを吸っても粒が崩れない品種が向いています。
浅く広いパエリェラに薄く広げ、炊いているあいだは混ぜない。薪火にかけると、鍋全体に火が回りやすく、底にソカラットができます。だしだけの料理だからこそ、この香ばしい層がよく効く。
汁気を多く残すアロス・カルドソや、とろみを持たせるアロス・メロソとは違い、こちらは水分を飛ばしきる仕上げ。同じ米料理でも、目指す状態がまるで違います。
サフランで色と香りをつけるのが一般的ですが、量は控えめ。魚のだしを消してしまっては本末転倒だからです。
ワインとの相性
魚のうまみと、ニンニクの香り。この二つに寄り添うのは、やはり白です。
リアス・バイシャスのアルバリーニョは、海を思わせるミネラル感が魚介のだしと響き合います。もう少し軽やかに合わせたいなら、チャコリの弾けるような酸も面白い。ロサードを選べば、アリオリのコクまで受け止めてくれます。
いずれも、しっかり冷やして。温度で表情が変わるのは白ワインで特に顕著です。
魚を別皿にするという、たったそれだけの判断。そこから一皿の性格が決まってしまう。料理の面白さは、こういうところにあります。ほかの話はコラム一覧からどうぞ。