グラスに鼻を近づけた瞬間、思わず顔を上げる人がいます。それくらい香りが強い。白い花、マスカット、桃、ライチ。甘いお菓子を連想させるような、はっきりした芳香です。

ところが口に含むと、甘くない。酸があり、後味は乾いている。辛口なのです。

トロンテスとは、この落差を持つ白ぶどう品種のこと。香りで期待させて、味で裏切る。その意外性が、この品種の面白さです。

白ぶどうの畑

トロンテスとは

もともとはスペインに起源を持つ品種群で、北西部のガリシアを含む地域に古くから記録があります。同じ名前で呼ばれるものが複数あり、系統は一つではありません。

現在、この名で最も知られているのは南米、とくにアルゼンチンの高地で育つタイプです。スペインから渡ったぶどうが、乾いた高地の強い日照と大きな寒暖差のなかで独自の性格を得た。スペイン料理と南米料理のつながりを考えると、ぶどうもまた海を渡ったということになります。

スペイン国内では、北西部や内陸の産地で、ブレンドの一部として、あるいは単独で仕込まれます。土地によって表情はかなり違う。

香りが強くなる仕組み

なぜこれほど香るのか。ぶどうの果皮に含まれる、香りのもとになる成分が多いためです。

この種の成分は、マスカット系の品種にも共通するもので、花や柑橘、トロピカルフルーツを思わせる香りを生みます。果皮に集まっているので、搾るときの扱いや、皮を果汁に触れさせる時間で、出てくる香りの量が変わる。

そしてもう一つ、気候が効きます。日照が強いと香りの成分は増える。ただし気温が高すぎると酸が落ち、香りだけが浮いたバランスの悪いワインになる。だから昼は暑く、夜は冷える土地が向いています。標高の高い畑が選ばれるのは、そのためです。

ベルデホが夜に摘まれるのと同じで、香りが命の品種は、香りを守る条件が栽培と仕込みの設計を決めます。

辛口なのに甘く感じる

飲んだ人がしばしば「甘い」と言うのに、成分としては辛口。これはよくある現象です。

人は香りと味を切り離して感じられません。甘い香りが強いと、脳が甘さを補完してしまう。トロンテスは、その効果が非常にわかりやすく出る品種です。

実際には、糖はほとんど残っていません。酸は中程度で、後味にわずかな苦みが出るものもある。この苦みが、香りの華やかさに歯止めをかけて、食事と合わせられる酒にしています。

温度が上がると香りが暴れて、バランスが崩れやすい。しっかり冷やして飲むのが基本です。温度による表情の変化が、これほど大きく出る白も珍しい。長期熟成には向かず、若いうちに飲みきる設計です。

料理との相性

香りの強いワインは、香りの強い料理と組めます。

まず香辛料。カナリア諸島のモホのような、香草とニンニクの効いたソース。香辛料を使った料理全般。トロンテスの華やかな香りが、スパイスの香りと同じ方向へ伸びていきます。

ピメントンを効かせた皿や、アドボのように漬け込んで香りを移した料理にも。酸と苦みがあるので、香りだけで終わらず後味が締まる。

揚げ物も守備範囲です。カラマリアンダルシアの揚げものボケロネス。よく冷えた華やかな白は、油をきれいに流します。

野菜と果実の皿にはとくに強い。茄子に蜂蜜をかけるアンダルシアの一皿市場に並ぶ果物を使った前菜、焼いた野菜。甘さと香りの重なりが面白い組み合わせになります。

エンサラディージャのような冷たい前菜や、灼熱の夏の冷製料理にも。食後のデザートの直前に一杯、という使い方もあります。グラスは口の狭いものを選ぶと、香りが暴れず整う。合わせ方の考え方はペアリングの基本へ。ほかの品種の話はコラム一覧からどうぞ。