スペイン料理と聞いて、まず野菜を思い浮かべる人は少ないはずです。生ハム、パエリア、大西洋の魚介——役者はいくらでもいます。
ところが現地の市場に立つと、印象が変わります。トマトの赤が違う。香りが違う。日照時間の長い土地で育った野菜は、それだけで味が濃い。だから料理のほうは、余計なことをしません。炭火か薪火に置いて、塩を振る。それで一皿になってしまう。
ベルドゥーラ(Verdura)とは、スペイン語で「野菜」。同時に、スペイン料理における野菜料理全般を指す言葉です。脇役の名前ではありません。

ベルドゥーラとは
凝ったソースも、複雑な技法も、この分野ではあまり歓迎されません。求められているのは、素材の味をどこまで正直に出せるか。良質なオリーブオイルと塩、そして炎の熱。それで足りるという考え方が、根っこにあります。
出方は自由です。前菜として少量、あるいは肉や魚の傍らに。コースのなかで一度呼吸を整える役目を任されることも多く、季節ごとに組み替わる薪料理のコースでは、この一皿が全体のリズムを決めていたりします。
歴史・由来
この豊かさは、天から降ってきたわけではありません。二度、外から水と種が入りました。
一度目はイスラム支配時代。灌漑技術がもたらされ、乾いた土地に水が回るようになります。ナス、アーティチョーク、ほうれん草がこの時代に届きました。二度目は大航海時代。トマト、ピーマン、じゃがいもといった新大陸原産の野菜が、海を越えて加わります。
いまスペインの食卓に当たり前に載っている野菜の多くは、もともとそこにいなかった。にもかかわらず、どれもすっかり土地の顔になっている。ベルドゥーラの土台は、この二段の外来の上に積まれています。
代表的な調理法
象徴的な一品を挙げるなら、カタルーニャ発祥の「カルソッツ(calçots)」。ねぎに似た若い葱を薪火で真っ黒になるまで焼き、その焦げた皮をむいて、中身をロメスコソースにくぐらせて食べる冬の名物です。焦がすことが失敗ではなく手順である、という点がいかにもスペイン。ほかにも、素焼きにして塩をふるだけの「ピミエント・デ・パドロン(万願寺唐辛子に似た小ぶりの青唐辛子)」、なす・パプリカ・玉ねぎを炭火でじっくり焼く「エスカリバーダ」。炎の出番が、とにかく多い。
炭火・薪火焼き ― 表面を香ばしく焦がし、水分と甘みを内側に閉じ込める。薪料理と同じで、大事なのは燃え盛る炎ではなく、落ち着いた熾火の熱です。
煮込み ― 野菜と肉や豆を長く煮込む道もあります。焼くだけが伝統ではありません。
素揚げ・炒め ― にんにくとオリーブオイルでさっと炒めるだけ。日常の家庭料理はむしろこちらが主流です。

産地とバリエーション
同じ「焼いた野菜」でも、土地が変われば別の味になります。
地中海沿岸のバレンシアやムルシアは灌漑農業が盛んで、トマト、パプリカ、アーティチョークの名産地。北部のナバラ地方といえばアスパラガスと、ピキージョピーマン(焼いて瓶詰めにされる甘いピーマン)。そしてガリシアでは、葉野菜を使った素朴なスープが日常に根づいていて、タコのガリシア風と並ぶ郷土の味として扱われています。
野菜の地図は、そのまま気候と水の地図です。
料理・ワインとの相性
焼いた野菜は、香ばしさと甘みが前に出ます。だから合わせるワインは、あっさりした白か、軽やかなロゼ。重い赤で覆いかぶさる必要はありません。
もうひとつの手が、塩をぶつけること。生ハムを隣に置くと、野菜の甘みが不思議なほど立ち上がってきます。当店でも、季節ごとに仕入れる野菜を薪窯やグリルでシンプルに焼き上げ、素材本来の味わいをお楽しみいただいています。
野菜は、火を通すほどに正直になる。ごまかしようがないぶん、いい野菜が手に入った日の一皿は、どんな凝った料理より強い。
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