トマトのないスペイン料理を想像してみてください。じゃがいものない煮込み、唐辛子のない腸詰。——ほとんど成立しません。ところがそのどれも、500年前のスペインには一つも存在しませんでした。
スペイン料理と南米料理は、まるで違う顔をしています。けれど根っこでは、500年以上にわたって同じ養分を分け合ってきました。南米からはトマト、じゃがいも、とうもろこし。スペインからは小麦、豚、オリーブオイル、そして調理の技。行きも帰りも荷物を積んだこの往復が、いま私たちが「地中海料理」「ラテンアメリカ料理」と呼び分けているものの土台をつくりました。
つまり、どちらも相手なしには今の姿になっていない。その来歴をたどっていきます。

つながりの起源 ― コロンブス交換
15世紀末、コロンブスの新大陸到達をきっかけに、旧世界と新世界のあいだで動植物と食材の大移動が始まります。のちに「コロンブス交換」と呼ばれる現象です。
南米大陸から船に載ったのは、トマト、じゃがいも、とうもろこし、唐辛子、カカオ、インゲン豆。ただし、いきなり歓迎されたわけではありません。当初は観賞用や薬用として扱われたものも多かった。食べ物として認められるまでには、時間がかかったのです。それが最後にはスペインの食卓の中心に座る。逆向きの船には、小麦、米、オリーブ、ぶどう、牛や豚。これらが南米に上陸し、現地の食文化と混ざり合っていきました。移動したのは食材だけではありません。米を主役にする発想や、豚を余さず使い切る考え方も、一緒に渡っていきました。
トマトが結ぶ地中海とラテンアメリカ
この交換のなかで、いちばん見事に化けたのがトマトです。原産地は南米アンデス地域とされ、スペインに渡ると地中海の気候にぴたりと合った。あとは早かった。
だからパン・コン・トマテという一皿は、実は大西洋を渡ってきた果実の上に成り立っています。パンにトマトを擦りつけるだけの、あれほどスペイン的な料理が。煮込みのソースも、火を使わないガスパチョも、コルドバのサルモレホも同じです。とうもろこしと唐辛子はどうか。こちらは南米の料理の主役を務め続けたまま、スペイン語圏を経由して世界中の鍋に入り込んでいきました。
調理法・食材の共通点
似ているのは食材だけではありません。手つきが似ています。
豚肉の煮込みと腸詰の文化はその代表格。スペインのチョリソーは南米各国でそれぞれの形に組み替えられ、いまではその土地の食文化として根を張っています。血まで使い切るモルシージャのような発想も、豚を余さない考え方の延長線上にあるものです。
肉と野菜をまとめて長く煮る、あの大鍋のスタイルも共通しています。スペインのコシードと、南米各地の煮込み料理。材料は違っても、台所での段取りはよく似ている。米もそうです。薪火で炊くパエリアに代表されるスペインの米食文化は、大西洋を渡って南米の米料理にも痕跡を残しました。使う鍋が変わっても、考え方は残る。

現代における発展とバリエーション
交流は過去形ではありません。いまも続いています。
南米からスペインへ、スペインから南米へ。人が移り住むたびに、家庭の台所とレストランの厨房で味が混ざり、そこから新しいスタイルが生まれてきました。祝いの席の豚の丸焼きを見てみてください。スペインのコチニージョと、南米各地の豚肉料理。焼き方も呼び名も違うのに、根っこにある思想が同じです——めでたい日には、一頭まるごと火にかける。

料理・ワインとの相性
グラスの中でも、同じことが起きています。スペインから持ち込まれたぶどう栽培の技術は、南米各地でワイン産業として花開きました。テンプラニーリョやガルナッチャは、渡った先の気候風土に合わせて別の個性を育てています。同じ品種が、土地を変えると顔を変える——原産地呼称が守ろうとしているものの正体が、こういうところに見えてきます。
Opus 6でも、薪火で仕上げた肉料理やパエリアにスペインワインを合わせています。皿と杯、その二つのあいだに大西洋が横たわっている。そう思って味わうと、味の輪郭が少し変わります。
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