コルドバの店先で、細く切った茄子が高く積まれて出てきます。揚げたてで、まだ湯気が立っている。そこへ、店の人が黒っぽい蜜をとろりと回しかける。甘いものだとは、聞くまで気づきません。
ベレンヘナス(Berenjenas)とは、スペイン語で茄子のこと。そして「ベレンヘナス・コン・ミエル」、蜂蜜がけの揚げ茄子は、アンダルシアを代表するタパスのひとつです。
揚げた野菜に、甘い蜜。この組み合わせには、土地の歴史が関わっています。

ベレンヘナスとは
茄子はスペイン各地で栽培され、夏を中心に出回る野菜です。日本のものより丸みを帯びた品種や、白と紫の縞が入ったものなど、姿はさまざま。
アンダルシアの揚げ茄子では、薄い輪切りか、細い棒状に切るのが一般的。薄く切るほど、揚げたときに水分が抜けて軽くなります。
衣は、小麦粉をまぶすだけの簡素なものが多い。カラマリの衣と同じ考え方で、素材を覆い隠さない程度に留める。揚げ物であって、天ぷらではない。 表面をぱりっとさせるための最小限です。
なぜ蜂蜜をかけるのか
甘みと塩気を同じ皿に置く発想は、アンダルシアに古くから見られるものです。
この地域は長くイスラム文化圏の影響下にありました。中東や北アフリカの料理には、肉や野菜に甘い要素を合わせる伝統がある。茄子そのものも、この地域を経由してヨーロッパに広まった作物とされています。蜂蜜がけの由来を、その流れに求める説明はよく聞かれます。
ただし断定はできません。確かなのは、アンダルシアの食文化には甘辛の同居がしばしば現れるということ。蜂蜜そのものが土地の産物として根づいていることも背景にあるでしょう。
味の理屈としては、単純です。揚げた茄子は油と塩気を持っている。そこへ甘みが乗ると、対比で塩気が際立ち、甘みも引き立つ。互いを強め合う関係です。
蜂蜜か、サトウキビ蜜か
ここには少し込み入った事情があります。
「ミエル」は蜂蜜を指す語ですが、この料理で使われるのは「ミエル・デ・カーニャ」、つまりサトウキビの糖蜜であることが多い。マラガ周辺で作られる、黒くて濃い蜜です。糖蜜のほうがほろ苦さがあり、甘さが重い。
店によって、どちらを使うかは違います。本物の蜂蜜を使うところもあれば、糖蜜と決めているところもある。土地ごとに解釈が分かれるのは、スペイン料理では珍しいことではありません。
かける量も店次第。控えめに数滴という店もあれば、たっぷり回しかける店もある。店ごとの解釈が分かれる料理と同様、正解はひとつではありません。

揚げ方の要点
まず、茄子の下処理。塩水や牛乳に浸けてから水気を拭く方法が広く行われています。えぐみを抜き、油の吸いすぎを防ぐためと説明されます。
粉は薄く、余分をはたいて落とす。油は高温。低温だと油を吸って重くなります。茄子は油を吸いやすい野菜なので、ここが分かれ目です。
揚げたら、しっかり油を切る。熱いうちに蜜をかけ、すぐ出す。 時間を置くと、せっかくの食感が湿気で失われます。
仕上げに粗塩をひとつまみ振る作り手もいます。甘みの前に塩気を立てると、対比がはっきりする。塩の使い分けが料理を変える場面のひとつです。
同じ地域には小魚を揚げる文化もあり、揚げ物全般が日常的。アンダルシアの揚げ物は、この土地のオリーブオイルの豊かさと切り離せません。
ワインとの相性
甘みと油。この二つを流すには、酸が要ります。
冷やしたロサードは、果実味が蜜の甘さと自然につながり、酸が油を切ってくれる。もっとも合わせやすい選択でしょう。
軽やかにいくならチャコリのような弾ける白。アンダルシアの流儀に寄せるなら、食前のベルモットから始めるのも自然です。グラスの形で香りの立ち方を調整すると、甘みの感じ方まで変わります。
揚げた野菜に、甘い蜜。初めて聞くと戸惑いますが、一口食べれば納得します。ほかの野菜料理や焼き野菜の話はコラム一覧からどうぞ。