畑の隅に、牛の角が埋められています。堆肥を詰め、秋に土へ埋め、春に掘り起こす。掘り出した中身は、わずかな量を水に溶かして畑に撒かれる。
初めて聞くと、農業というより儀式に近く思えるかもしれません。けれどこれは、ビオディナミと呼ばれる農法の実際の作業のひとつです。
ビオディナミとは、畑とそこに住む微生物、植物、動物のすべてをひとつの生命体としてとらえ、その循環に沿って手を入れていく農法のこと。自然派ワインという言葉の奥に、この思想が横たわっています。

ビオディナミとは
出発点は、二十世紀初頭のヨーロッパで語られた農業観にあります。化学肥料と農薬に頼りはじめた農業への、ひとつの問い直しでした。
考え方の中心はこうです。畑は、外から養分を運び込んで動かす工場ではない。土のなかの微生物、下草、樹、そこに来る虫や鳥までを含めた、閉じた循環である。ならば人間の仕事は、その循環を壊さないように整えることになる。
だから、まず外から持ち込むものを減らします。化学合成の肥料と農薬を使わない。畑で出たものを畑に返す。近くで飼う家畜の堆肥を使う。畑を治すのではなく、畑が自分で治る力を待つ。 この姿勢が、ほかの農法との一番の違いです。
有機農法とは、どこが違うのか
化学農薬を使わないという点では、有機農法と重なります。実際、ビオディナミは有機農法の条件をほぼ満たしています。
分かれるのは、その先です。有機農法は「使わないもの」を定めた基準ですが、ビオディナミは「どう関わるか」を定めた思想に近い。作業を行う時期、土に返すものの作り方まで含めて考えます。
もうひとつ、調合剤と呼ばれる独特の準備があります。冒頭の牛の角がそれです。牛糞を詰めて土に埋めたもの、カモミールやイラクサといった植物から作るもの。ごく少量を水に混ぜ、長い時間かき混ぜてから畑に撒きます。
量としては、畑を肥やすには到底足りません。狙いは施肥ではなく、土のなかの働きを促すこと。効き方を科学の言葉で説明しきるのは難しく、そこが議論の的にもなってきました。
なぜ月の満ち欠けに従うのか
ビオディナミには、作業の暦があります。種を蒔く日、剪定する日、瓶詰めする日を、月や天体の位置に照らして決める。
根拠として持ち出されるのは、潮の満ち引きです。月が海を動かすなら、土のなかの水分や植物の樹液にも影響が及ぶのではないか。そう考えて、水分が上がる時期には葉や果実の作業を、下がる時期には根の作業を行う。
暦は、日を「根の日」「葉の日」「花の日」「果実の日」に分けます。ぶどうは果実ですから、果実の日に収穫や瓶詰めを合わせる。テイスティングの印象までこの暦で変わると言う人もいます。
科学的な検証は十分とは言えません。ただ、暦に従うとは、農作業を天候と季節のリズムに預けるということでもある。結果として畑をよく見るようになる。効果の正体はそこにあるのかもしれません。
味わいに、何が起きるか
ビオディナミだから味がいい、とは言えません。畑の力と造り手の腕が伴わなければ、農法だけで良いワインにはならない。
それでも、傾向として語られることはあります。収量が抑えられるため、果実の凝縮感が出やすい。除草剤を使わないので根が深く伸び、土の性格が出やすい。土地が、味を決める。 その言葉が、より当てはまりやすくなる造りだと言えます。
醸造の段階でも、介入を減らす選択と結びつきやすい。培養酵母を加えず、その畑に住む酵母に任せる。酸化防止剤を最小限にとどめる。結果として、瓶ごとの表情に幅が出ることもあります。
その揺らぎは、扱いにも影響します。抜栓後の変化が速い一本もあるので、保存には少し気を配りたい。コルク栓を選ぶ造り手が多いのも、瓶のなかで熟成が進むことを前提にしているからです。
スペインでも、こうした造りは各地に広がっています。プリオラートの急斜面のように、もともと機械が入らず手作業に頼ってきた土地とは相性がいい。ガルナッチャのような土着品種を、その土地のやり方で育て直す動きとも重なります。原産地呼称の枠組みとは別の軸で、産地の個性が語られはじめている。
料理との相性
素材の力に寄りかかる料理と、相性がいい。手を加えすぎない造りには、手を加えすぎない皿が響きます。
野菜がそのひとつです。薪火で焼いた野菜やエスカリバーダは、素材の甘みと焦げの苦みだけで成り立つ一皿。土の香りを残した赤や、酸のある白がよく寄り添います。きのこのような、季節の移ろいを映す素材も同じです。
発酵という共通点でつながるのはチーズでしょう。癖の強いものより、まずは穏やかなものから。パンとオリーブオイルだけの卓でも、この手のワインは十分に成立します。
肉なら、放牧されたイベリコ豚や仔羊のように、育ちが味に出る素材を。熟成肉のような強い皿には、果実の厚みがある一本を選びます。
農法を知らずに飲んでもおいしければそれでよく、知っていると畑の風景が少し見える。ペアリングを考えるときも、造り方まで含めて土地を想像すると選びやすくなります。ほかのワインの話はコラム一覧からどうぞ。