スペイン料理、とひとことで言います。けれど実際に地方を巡ると、その呼び方が乱暴に思えてきます。
北と南、内陸と沿岸で、食材も調理法もまるで違う。同じ国の料理とは思えない——それが、この国を歩いたときの最初の感想でした。
北の、炭火
バスク地方には、炭火焼きの文化が根を張っています。
大きな魚を丸ごと網に乗せ、炭の上でじっくり焼く。味つけは驚くほど単純で、塩とオリーブオイル、そして仕上げに酸を少し。素材が良ければそれで完成する、という考え方が徹底しています。
バスクを歩いていると、火に対する信頼のようなものを感じます。技巧で複雑にしていくのではなく、火と素材の関係だけで勝負する。この潔さは、いまの店の組み立てに直接つながっています。
同じ北でも、ガリシアへ行けば大西洋の魚介が主役になり、調理はさらに簡素になる。茹でて、油と塩と粉唐辛子。それだけ。

内陸の、薪窯
カスティーリャなど内陸部では、薪窯の料理に出会います。
仔羊や仔豚を、薪で熱した窯にじっくり入れる。皮は薄く張って割れるほどに、中はほどけるほど柔らかく。焼き上がるまで何時間もかかる料理です。
ここで学んだのは、待つことの価値でした。効率を上げようとすれば、この料理は成立しません。時間そのものが調理法の一部になっている。薪火にこだわり続ける理由の一端は、この窯の前で形になりました。
地中海の、混ざり合い
カタルーニャへ移ると、また景色が変わります。
海と山の産物を同じ皿に乗せる大胆さ。ナッツやドライフルーツを料理に忍ばせる手法。地中海を挟んだ文化の往来が、そのまま皿の上に残っています。
南のアンダルシアでは、揚げ物と冷たいスープ、そして強い陽射しのもとで育つ食材に出会います。暑い土地には暑い土地の食べ方があり、それは北の料理とは別の論理で動いている。
旅が、設計図になる
こうして各地を見ていくと、ひとつのことに気づきます。
どの地方も、その土地の条件に正直だということです。海が近ければ魚を、牧草地があれば肉を、薪が手に入れば薪窯を。無理をせず、あるものを最良の形で使う。
その姿勢を持ち帰りたいと思いました。だから Opus 6 では、スペインの郷土料理をそのまま再現することにこだわっていません。芦屋・苦楽園という土地で手に入る季節の食材を、スペインで学んだ火の使い方で仕上げる。
もし彼らが日本にいたら、たぶんそうするはずだからです。土地に正直であること——それが、旅から持ち帰った最大の教えでした。
記憶は、火のなかにある
旅の記憶は、写真よりも香りで残ります。
炭火の上で魚の皮が縮む音。薪窯を開けたときに立ち上る湯気。バルのカウンターで飲んだ一杯の温度。それらは言葉にしにくいけれど、火の前に立つと勝手に戻ってきます。
この街の坂の途中で火をおこすたび、その記憶を確かめている気がします。