人口あたりのミシュラン星の数で、世界の上位に食い込む街があります。パリでもローマでもありません。スペイン北部の、海に面した小さな街——サン・セバスティアンです。

バスク地方は、スペイン北部からフランス南西部にまたがる、独自の言語と文化を持つ地域。中央の宮廷料理とは別の道を歩き続けた土地でもあります。そして面白いのは、そこで頂点だけが育たなかったことです。家庭料理、バル文化、そして高級ガストロノミー。この三つが、同じ街で同じ高さに立っている。

なぜそんなことが起きたのか。背景から、代表的なスタイル、合わせる一杯までたどっていきます。

サン・セバスティアン旧市街の夜の街並み

バスクの食文化とは

材料の話から始めます。大西洋に面した海岸では、新鮮な魚介が上がる。内陸の山間部では、上質な肉や乳製品、野菜が育つ。この海と山の食材を、家庭でもレストランでも惜しみなく使う——それがバスク料理の基本姿勢です。

ただ、恵まれた土地なら世界にいくつもあります。バスクにもう一つあったのは、気質でした。「良い料理を仲間と分かち合う」ことを、この土地の人々は徹底して重んじる。

そしてこの気質が、料理を私的な楽しみのままにしておきませんでした。次に見る美食倶楽部とバルは、その産物です。

歴史・由来 ― 美食倶楽部の誕生

話は19世紀後半にさかのぼります。「美食倶楽部(チョコ)」という、風変わりな組織が生まれました。

料理人の団体ではありません。男性たちが集まり、自ら料理をつくって食べ、語り合う私的なクラブです。当時は女性が入れない厨房でした。そのかわり、内側には奇妙な平等がありました。職業も身分も持ち込まない。持ち込めるのは腕だけ。その条件で、彼らは互いに料理を競い合い、磨き合った。

素人が本気で腕を競う場が、街のあちこちにある。この状態が数十年続いたあとに何が起きたか——20世紀後半、「ヌエバ・コシーナ・バスカ(新バスク料理)」と呼ばれる革新運動です。伝統的な家庭料理の技術を土台に、盛り付けや調理法へ新しい発想を入れていく。

現在のサン・セバスティアンの評価は、天才の登場で始まったわけではありません。街ぐるみの探究心が、そのまま積み上がった結果です。

特徴 ― バルとピンチョスの文化

旧市街を歩くと、バル(居酒屋)が軒を連ねています。そのカウンターに並ぶのがピンチョス(バスクの串料理)です。パンの上に魚介や野菜、肉をのせた一口サイズの料理。店ごとに趣向を凝らした品が、ずらりと。

ここで地元の人は、腰を落ち着けません。一皿つまんで一杯飲み、次の店へ移る。この飲み歩きは「ポテオ」と呼ばれ、街そのものが一軒の長いカウンターのように機能します。注文してから火を入れる温かいピンチョスを出す店もあり、一軒ごとに表情が変わります。

質実な家庭の味と、磨き上げられた技術。この二つが同じ通りに並んでいるのが、バスクの妙なところです。素材の味を活かしたシンプルな一皿から、美食倶楽部やレストランで練られた繊細な一皿まで——序列をつけずに共存している。

カウンターに並ぶ色とりどりのピンチョス

味わいのポイント ― 海の幸と薪火

美食の街と聞いて凝った皿を想像すると、また裏切られます。バスク料理の核にあるのは、新鮮な魚介と、火を操る技術。それだけです。

タラや舌平目、カニは、炭火や薪火でシンプルに焼き上げられることが多い。足さない。隠さない。魚介をじっくり焼き上げる「アサドール」と呼ばれる焼き場は、この土地の食文化を根元から支えている存在です。炎と熾火だけで焼き上げる調理法は、当店が大切にしている薪料理の思想にも通じるものがあります。

そのうえで、技法は決して素朴ではありません。タラの卵やニンニクを乳化させてつくる濃厚なソース——塩鱈(バカラオ)を扱ってきた土地らしい、旨味の引き出し方です。

塩味や酸味を効かせた小皿が多いのも理由があります。お酒とともに少量ずつ、何軒も回る。飲み方が、料理の味つけまで決めているのです。

料理・ワインとの相性

この土地の一杯は、注ぎ方から違います。地元産の白ワイン「チャコリ」。微発泡でキリッとした酸味を持ち、魚介中心のピンチョスやアサドールの焼き物に寄り添う。そして高い位置からグラスへ落とし、香りを立たせる——飲み物の登場までが所作になっている。

小イカのソテーのような一皿にも、ガリシアの白のような隣の産地のワインにも、この酸は橋を架けます。

当店Opus 6でも、薪火で焼き上げる料理と、チャコリをはじめとするスペインワインの組み合わせを大切にしています。バスクの食文化に根づく「素材と火を活かす」という考え方は、当店の薪料理とも通じるもの。一皿ずつ、じっくりと。

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