切り分けられた断面を見て、豚だと言われて驚く人がいます。赤身の中に、細い脂の筋が霜のように散っている。牛の霜降りを小さく写し取ったような、あの模様。
プレサ(Presa Ibérica)とは、イベリコ豚の肩ロースの奥、首に近い部分から取れる希少な部位です。一頭からわずか1〜1.5kgほど、二枚しか取れないとされます。赤身にきめ細かなサシ(脂肪)が入り込み、豚肉とは思えないほど濃厚な味になる。牛でいう「サーロインの芯」に近い存在とも言われます。
イベリコ豚といえば生ハムの名前が先に立ちますが、近年はこのプレサが、もうひとつの入口として注目を集めています。塩と時間で作る味の対岸に、火だけで出す味がある。

プレサとは(部位の特徴)
プレサがあるのは、豚の肩甲骨の内側、肩ロースにつながる部分。よく動く筋肉です。ふつう、運動量の多い部位は硬く締まって脂が乗りません。ところがイベリコ豚では、そこに特有の脂がきめ細かく入り込む。だから赤身の旨みと脂の甘みが、同じ一口の中で同時に立ち上がります。厚みのある塊肉として扱われ、ステーキのようにカットして焼くのが一般的です。
ただし、この均衡は壊れやすい。火を入れすぎればあっという間に硬くなる。理想は、ミディアムレア程度で止めて、断面にほんのりピンクを残すこと。焼き加減の見極めがそのまま出来上がりを左右する、気の抜けない一枚です。
イベリコ豚とデエサ
では、なぜイベリコ豚だけがこうなるのか。答えは肉ではなく、風景のほうにあります。
イベリコ豚は、デエサと呼ばれる樫(かし)林に放たれ、落ちたどんぐり(ベジョータ)を食べて育つスペイン固有の黒豚です。林の中を歩き回り、どんぐりの脂肪酸を身に蓄える。よく動くのに脂が乗るという矛盾は、この育ち方が解いてくれます。生ハムの熟成でうまみが凝縮していく仕組みも、根はここで繋がっています。ちなみに樫は、薪の樹種としても料理人が頼りにする木でもあります。同じ樹の名が、育てる側と焼く側の両方に出てくる。
ほかの部位との違い
イベリコ豚の希少部位は、プレサだけではありません。それぞれに名前と役目があります。
セクレト(Secreto) ― 脇腹の内側にある薄い部位。脂が非常に多く、口の中でとろけていきます。
プルマ(Pluma) ― 肩ロースの先端にある小ぶりな部位。羽(プルマ)の形に似ているところから、この名がつきました。赤身と脂のバランスのよさが持ち味です。
カルリージョ(Carrillera) ― 頬肉。こちらもよく動く部位でコラーゲンが豊富なため、焼くのではなく煮込みに回されます。時間をかけて崩す方向の肉で、牛テールの煮込みと同じ考え方が働きます。
この顔ぶれの中でプレサが特に人気を集めているのは、肉厚で食べた満足感があり、ステーキとして正面から楽しめるからです。薄い部位でも、煮込む部位でもない。ちょうど真ん中に立っている一枚。
炭火・薪火での焼き方
狙いは二つ、同時に。表面は強い直火で香ばしく焼き固め、内部はしっとり残す。相反する要求です。
ここで効いてくるのが、薪料理や炭火の熾火(おきび)。遠赤外線でじっくり火を通す熱は、プレサの脂を溶かし流してしまわず、赤身のうまみを内側に留めてくれます。炭火と薪火の違いを料理人が気にするのは、こういう繊細な部位を前にしたときです。
そして焼き上げたら、必ず数分休ませる。ここを省略すると、それまでの仕事が台無しになります。休ませるあいだに肉汁が全体へ落ち着き、包丁を入れても旨みが流れ出ない。厚切りにして断面を見せる盛りつけは、その仕事がうまくいった証明でもあります。

産地とベジョータ等級
プレサも生ハムと同じ物差しで測られます。等級を決めるのは、肉ではなく飼育方法です。放牧でどんぐりを存分に食べて育ったベジョータ等級のイベリコ豚から取れるプレサは、脂の香りと甘みがひときわ際立ちます。
産地としては、スペイン南西部のエストレマドゥーラ、サラマンカ、ウエルバ。いずれも良質なイベリコ豚の名産地として知られる土地です。土地の名が品質の保証として機能するのは、原産地呼称がワインで果たしている役割と、よく似ています。
ワインとの相性
赤身のうまみと脂の甘み、その両方を抱えた肉に必要なのは、果実味とタンニンの両輪を持つ赤ワインです。テンプラニーリョ主体のリベラ・デル・ドゥエロ。あるいは骨格のしっかりしたクリアンサ・レセルバクラスの熟成赤。脂の甘みを果実味が受け、肉の香ばしさをタンニンが締める。
当店でも、薪火で炙ったプレサを、じっくり熟成させたスペインワインとともにお出ししています。一頭から二枚。その希少さは、皿の上ではただの厚み一枚として現れます。
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