天井から、いくつもの脚が吊り下がっています。窓は開いていて、山からの風が通り抜けていく。夏は暑く、冬は冷える。その繰り返しの中に、肉が置かれている。
人は何もしていないように見えます。実際、ほとんど何もしていません。塩を打ち、吊るし、待つ。それだけです。
クラシオン(Curación)とは、塩と乾燥によって食材から水分を抜き、保存できる状態に変える加工法のこと。スペイン語で「治す」「養生する」という意味も持つ言葉です。
そして、この過程で起きるのは保存だけではありません。

クラシオンとは
原理は、水の移動です。
肉の表面に塩を当てると、浸透圧によって内部の水分が外へ引き出されます。水分が減れば、微生物は活動しにくくなる。塩そのものにも抗菌の働きがあります。
次が乾燥。塩を落としたあと、風の通る場所に吊るして時間をかけて水分を飛ばす。ここで重要なのが気候です。湿度が高すぎるとカビや腐敗が進み、低すぎると表面だけが固まって内部に水分が残る。
だから産地が限られます。アラゴン南部の高地や、エストレマドゥーラの内陸。乾いた冷たい風が通る土地に、生ハムの名産地が集まっているのは偶然ではありません。
熟成という、もうひとつの働き
水分が抜けるだけなら、味は濃くなっても複雑にはなりません。実際には、そこで別のことが起きています。
肉に元からある酵素が、たんぱく質をアミノ酸へ、脂肪を脂肪酸へと分解していく。アミノ酸は旨みの成分であり、脂肪酸は香りのもとになります。時間が長いほど、この分解が進む。
イベリコ豚の生ハムが長い年月をかけて仕上げられるのは、この変化を待つためです。同じ原理は牛肉の熟成にも働いていて、熟成肉が寝かせるほど旨くなるのも、酵素の仕事の結果です。
ただし、無限に良くなるわけではありません。進みすぎれば風味が崩れる。どこで止めるかが、作り手の判断になります。
何に使われているか
最も知られているのは、豚の腿肉を丸ごと塩漬け乾燥させる生ハムでしょう。デエサで放牧された豚が原料なら、脂の質そのものが違ってきます。
肩の部位を使ったもの、前脚を塩漬けにした加工品など、部位ごとに別の名前と製法があります。
腸詰も、多くはこの技法に依っています。挽いた肉に塩とパプリカを混ぜて腸に詰め、吊るして乾かす。チョリソーやサルチチョンが加熱せずに食べられるのは、乾燥と発酵が進んでいるためです。
魚にも応用されます。干し鱈は塩と乾燥で長期保存を可能にした代表格で、内陸へ魚を運ぶ手段でもありました。塩漬けのカタクチイワシも同じ系譜にあります。
チーズの熟成も、水分を抜きながら風味を育てるという点では近い考え方です。羊乳のマンチェゴが硬く締まっていくのも、時間の仕事。
味わいと、合わせるもの
クラシオンを経た食材には、共通した性格があります。塩気が強く、旨みが凝縮し、香りに複雑さがある。そのぶん、量は少しで満足できる。
だからタパスとして供されることが多い。薄く切って、少しずつ。バルのカウンターに生ハムの脚が置かれている光景は、この食材の性質そのものを表しています。
合わせるなら、酸のあるものを。塩気を洗い流す役目が要ります。辛口の白、あるいは冷やしたロサード。樽熟成のクリアンサなら、熟成香どうしが響き合います。発酵食品とワインの相性は、産地を揃えると外れにくい。
塩と、風と、時間。三つしか使っていないのに、これほど味が変わる。ほかの保存の話は、コラム一覧からどうぞ。