風が強い。エブロ川の平野を吹き抜ける乾いた風には、地元で名前までついています。冬は骨まで冷え、夏は容赦なく照りつける。人が住むには過酷な土地です。

けれど、肉を吊るすには最適でした。

アラゴン(Aragon)とは、スペイン北東部の内陸に広がる自治州のこと。北はピレネー山脈、中央にエブロ川の乾燥平野、南は標高の高い山地。海を持たない、縦に長い土地です。この気候の厳しさが、そのまま食文化の骨格になりました。

薪の炎で焼かれる肉

アラゴンとは

三段構えの地形です。北のピレネー側は雪深い山岳、真ん中は年間降水量の少ない平野、南のテルエル一帯は標高が高く冬の寒さが厳しい。

海がないので、新鮮な魚介は基本的に手に入りませんでした。だから食卓の中心は、肉と豆と穀物。同じ内陸性の食のあり方は、カスティーリャとも通じるところがあります。ただしアラゴンには、ピレネーからの放牧という要素が加わる。

そして何より、乾いた空気です。湿度が低く、風が通る。これは食材を腐らせずに水分だけを抜く、天然の乾燥室を意味します。

乾燥がつくった保存食

塩と風による保存は、この土地の得意技です。

南部のテルエル県は、生ハムの産地として知られています。標高の高い山あいで、冬は冷え、夏も夜温が下がる。この寒暖と乾燥のなかで長い時間をかけて熟成させる。イベリコ豚の生ハムとは品種も産地も違いますが、時間をかけて水分を抜き旨みを残すという原理は同じです。

腸詰も豊富に作られてきました。パプリカで赤く染まるチョリソー、香辛料を効かせたサルチチョン。冬に豚を屠り、余さず加工して一年分の蛋白源にする。かつての内陸の暮らしの基本形です。

肉だけではありません。酢に漬けて日持ちさせるエスカベチェや、揚げる前に漬け込むアドボ。保存と味付けが同じ工程で完結する技法が、乾いた土地では重宝されました。

仔羊と、火の料理

アラゴンを代表する肉は、仔羊です。

乾いた斜面には、牧草地というより低い草地が広がります。牛を養うには足りないが、羊なら育つ。この条件が、羊の放牧を主産業にしました。羊がいれば羊乳のチーズも生まれます。

調理はいたって直球です。塩をして、火にかける。薪窯やアサドールで長くじっくり焼くこともあれば、熾火の上で網焼きにすることもある。仔羊の脂は融点が高く、しっかり熱を通したほうが香りが立ちます。焼き加減を見極めるのは、素材が単純なぶんかえって難しい。

味付けは粗塩と、あればニンニク。手数の少なさが、この地方の料理の性格です。冬になれば、豆と肉を長く煮込む鍋が食卓に戻ってくる。冬の火の料理が最もありがたく感じられる土地でもあります。

ワインとの相性

アラゴンは、ガルナッチャの古い産地です。カリニェナ、カンポ・デ・ボルハ、ソモンターノといった原産地呼称が並び、樹齢の高い古木から力のある赤が生まれます。

乾いた土地、痩せた土壌、強い日照。ぶどうは苦労するほど実を小さくし、味を濃くする。これは急斜面のプリオラートにも共通する原理です。

合わせ方は難しくありません。塩気の強い生ハムや腸詰には、果実味の豊かな赤。焼いた仔羊には、樽で寝かせたクリアンサクラス。同じ土地のものを同じ卓に並べる、それが一番落ち着きます。

厳しさが、味を濃くした。アラゴンの素朴さには、そういう裏づけがあります。ほかの地方の話は、コラム一覧からご覧ください。