できたてがいちばんうまい——料理ではだいたい正しい話です。牛肉では、これが通りません。

と畜(とちく)直後の牛肉は、硬い。しかもうまみが立ち上がっていない。そこから低温で寝かせて、ようやく食べるに値する肉になります。牛肉の熟成(じゅくせい)とは、その待ち時間のことです。何をしているのか。肉自身が持つ酵素が、筋繊維とたんぱく質を静かに解いている。料理人は何もしていません。ただ、環境を整えて待つ。

そしてこの待ち方には、二つの流派があります。「ドライエイジング(乾燥熟成)」と「ウェットエイジング(湿式熟成)」。名前は似ていますが、出てくる肉の風味も食感も、まるで違います。

熟成庫で寝かされる牛肉の塊

牛肉の熟成とは

熟成庫の中で起きていることを、もう少し具体的に見てみます。

と畜・解体された肉を、低温かつ一定湿度の環境に置く。すると肉自身の酵素が、たんぱく質やグリコーゲンを分解しはじめます。この分解の副産物が、うまみ成分であるアミノ酸——グルタミン酸などです。同時に香りのもとになる物質が増え、筋繊維の構造もゆるんでいく。味と香りと食感、三つが同時に変わっていきます。

と畜直後の肉は「死後硬直」の状態にあります。硬く、味も乏しい。熟成とは、この硬直をほどく作業でもあるのです。だから熟成は仕上げの飾りではなく、肉が肉になるための必須工程。焼き加減の見極めより前の段階で、味の大枠はすでに決まっています。

ドライエイジングとウェットエイジング

ここで二つの流派を並べてみます。

ドライエイジング(乾燥熟成) ― 塊肉のまま、温度・湿度・風を管理した熟成庫に数週間から数ヶ月置く。表面の水分が蒸発し、外側は乾いて硬くなり、そのぶん内側のうまみが凝縮します。時間が進むと、ナッツやチーズを思わせる複雑な香りが出てきます。牛肉なのに乳製品の香り。熟成したマンチェゴを思い出す方もいるかもしれません。ただし代償があります。硬く変色した表面を大きく削り落とさなければならず、歩留まりが落ちる。手間も、失う量も多い方法です。

ウェットエイジング(湿式熟成) ― 真空パックに包んで低温で寝かせる。肉自身の水分やドリップを抱えたまま熟成が進むので、歩留まりがよく、コストも抑えられます。香りの複雑さではドライに及びませんが、みずみずしく、クセのない素直なうまみに落ち着く。いま流通している熟成肉の多くは、実はこちらです。

つまり、どちらが上という話ではありません。何を得て、何を捨てるか。その選択の違いです。

スライスされた熟成肉のステーキ

熟成期間と味わいの変化

では、どれくらい待つのか。目指す味によって変わります。ウェットエイジングは数日から数週間で流通することが多く、ドライエイジングは3週間から、長いものでは60日、90日。

ここで注意しておきたいのは、長ければ長いほど良いという単純な話ではないということです。熟成が進むほどうまみと香りは複雑になる。同時に、管理を誤れば腐敗のリスクも上がっていく。この二本の線が交差する手前で止めるのが技術です。

だから専門の熟成庫では、温度・湿度・風の流れを常に一定に保ち、清潔さを徹底します。「寝かせておけばおいしくなる」——そう聞こえる工程が、実際には最も神経を使う管理業務のひとつ。この繊細さは、生ハムが3年を待つ工程や、チーズの熟成の現場と地続きのものです。

産地とスタイルの違い

熟成肉づくりはアメリカ、スペイン、日本と各国で盛んですが、目指す方向はそれぞれ違います。

アメリカで人気を博したのは、長期熟成のドライエイジングビーフ。スペインが評価するのは、少し違う種類の肉です。乳牛や役牛を長く飼った「ブエイ(Buey)」「バカ(Vaca)」——つまり高齢牛。若く柔らかい肉を尊ぶ発想とは、まるで逆を向いています。年季の入った肉にこそ味があるという考え方。日本でも和牛の熟成に取り組む生産者が増え、土地の気候と技術に応じた個性が育ちはじめています。部位ごとに焼き方を変えるのと同じで、熟成もまた一つの答えに収まらない領域です。

料理・ワインとの相性

これだけ時間をかけた肉に、凝った手を加える必要はありません。むしろ邪魔になる。塩と炎、それだけで十分です。

薪料理の直火と熾火は、熟成肉ととりわけ相性がいい火です。熟成肉と薪火が繰り返し語られてきたのは、香ばしさとうまみが互いを増幅させるから。あとは塩の使い分けで輪郭を決めれば、それで完成に近づきます。付け合わせも同じ考えで、スペインのオリーブオイルを効かせた一皿や、パン・コン・トマテのような素朴な一品がよく寄り添います。

ワインに求められるのは、骨格です。熟成肉の凝縮したうまみとコクに押し負けないこと。長期熟成のポテンシャルを持つテンプラニーリョ種のワイン、あるいは果実味とタンニンのしっかりしたクリアンサ・レセルバクラスの赤。

時間をかけた肉に、時間をかけたワインを。理屈というより、必然です。

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