黒い土です。畑の色が、本土とまるで違う。溶岩が砕けて風化した火山性の土壌が、島の斜面を覆っています。その黒い斜面に、ぶどうが低く這うように植わっている。
カナリア諸島(Canarias)とは、アフリカ大陸の北西沖、大西洋に浮かぶスペインの群島のこと。テネリフェ島やグラン・カナリア島など、複数の火山島からなります。イベリア半島からは1000キロ以上離れており、気候も植生も、そして食も、本土とは別の顔を持っています。
なぜここに独自の味が育ったのか。位置が答えです。

カナリア諸島とは
火山島なので、平地が少なく斜面が多い。標高差が大きく、同じ島の中で気候帯がいくつも変わります。海沿いは亜熱帯、山を登れば涼しい。この垂直の多様性が、限られた面積で多様な作物を可能にしました。
貿易風が湿気を運び、北斜面には雲がかかる。一方、南側は乾く。水は貴重で、地下水路を掘って引いてきた歴史があります。
土壌は保水力に乏しい一方、黒い火山礫は日中の熱を蓄え、夜に放出します。この性質が、農業のやり方そのものを規定してきました。同じ島でも、バレアレス諸島の地中海的な穏やかさとはずいぶん違う条件です。
新大陸への中継地
大航海時代、この群島は決定的な役割を果たしました。ヨーロッパから南米へ向かう船が、必ずここで水と食料を積んだのです。
行きも、帰りも寄る。だから新大陸から持ち帰られた作物が、本土より先にここへ根づきました。じゃがいも、トウモロコシ、トマト、そして唐辛子。今日のスペイン料理に欠かせないパプリカや香辛料の系譜も、こうした往来と無縁ではありません。
同時に、アフリカが目と鼻の先にあります。そして隣国ポルトガルの航路とも重なる。ヨーロッパ、アフリカ、アメリカ大陸——三方向からの影響が、狭い島に降り積もりました。
じゃがいもを海水に近い濃い塩水で茹で、表面に塩を吹かせる「パパス・アルガーダス」は、島の名物です。塩の使い方ひとつで、素朴な芋が主役になる。
モホと、海の幸
島の味を決めているのが「モホ」と呼ばれるソースです。ニンニク、オイル、酢を基本に、赤はパプリカや唐辛子、緑はコリアンダーやパセリを加えます。
構造としては、アリオリやロメスコと同じ発想——すり潰して乳化させ、素材にまとわせるソース。ただし酸味と辛みが前に出るのがモホの個性です。茹でた芋にも、焼いた魚にも、これをかける。
海に囲まれているので、魚は日常の食材です。イワシのような青魚を炭火や薪で焼き、モホを添える。マグロも水揚げされ、酢漬けにして保存する技法もよく使われます。
山羊の飼育も盛んで、山羊乳のチーズは島ごとに個性があります。土地ごとに乳の性格が変わるというスペインの原則が、群島の中だけでも成立している。塩と乾燥で寝かせるものもあれば、若いうちに食べるものもある。
ワインとの相性
火山島のワインは、近年あらためて注目されています。とくにランサローテ島では、黒い火山礫のくぼみに一株ずつぶどうを植え、風よけの石垣で囲う独特の栽培が行われてきました。強い風と乾燥に対抗するための形です。
土地が過酷なほど、味が凝縮する。急斜面から生まれるプリオラートと同じ理屈が、ここでも働いています。マルバシアなど固有品種から造られる白は、ミネラル感のある辛口。焼いた魚やモホの酸味と、素直に合います。
複数の島に原産地呼称が設定されており、産地の個性がそれぞれ守られています。冷やしすぎない程度に温度を整えると、火山土壌由来の香りが立ちます。
海の真ん中で、三大陸の味を受け取った島。カナリアの食は、航路の記録でもあります。ほかの地方の話は、コラム一覧からご覧ください。