小鍋に貝と白ワインを入れて蓋をすると、しばらく何も起きません。やがて蒸気が縁から漏れ始め、かすかにカタッという音が鳴る。ひとつ、またひとつ。蓋を開けると、貝が口を開き、鍋の底には貝から出た汁とワインが混ざった、金色に近いスープがたまっています。

アルメハス(Almejas)とは、スペイン語であさり類を指す言葉。ガリシアやアンダルシアの沿岸で日常的に食べられ、バルの定番でもあります。もっとも有名な調理法が「アルメハス・ア・ラ・マリネラ」、いわゆる漁師風の白ワイン蒸しです。

貝はなぜ開くのか。なぜワインなのか。そして、なぜこれほど短時間で完成するのか。ひとつずつ見ていきます。

氷の上に並んだ新鮮な貝類

アルメハスとは

スペインでアルメハスと呼ばれる貝には、いくつもの種類があります。

高級とされるのが、ガリシア産のアルメハ・フィナ。殻に細かい筋が走り、身がふっくらとして甘い。ほかにアルメハ・バボサ、アルメハ・ロハなど、市場では別々の値札で並びます。日本のアサリに近いものもあれば、もっと大ぶりのものもある。

共通しているのは、海の幸の中でも「出汁が出る素材」だということです。身を食べる料理でありながら、実際の主役は貝から出る汁のほう。だから鍋の中で完結する料理になります。

ガリシアの海岸線には無数の入江があり、川の淡水と海水が混じり合う。この環境が貝を育てます。リアス・バイシャスという言葉はワインの産地名として知られていますが、そのリアス式海岸そのものが、貝の産地でもあるわけです。

貝が開くしくみ

二枚貝の殻は、貝柱という筋肉で閉じられています。

生きているあいだ、貝はこの筋肉を収縮させて殻を閉じ続けています。加熱すると、その筋肉のたんぱく質が変性し、収縮する力を失う。同時に殻の蝶番にある靭帯が、本来持っている「開こうとする」弾力で殻を押し開く。だから貝は、火が通ると自然に口を開きます。

つまり、貝が開くというのは「火が入った」という合図そのものです。人間が判断する必要がない。貝のほうが教えてくれる。

そして、開いたら止める。ここが肝心です。開いた後も加熱を続けると、身が縮んで硬くなり、あの弾力が失われます。火を止める瞬間の見極めが問われるのは、肉だけではありません。

開かない貝は、加熱前から死んでいた可能性が高い。取り除くのが安全です。この判断も、貝が示してくれています。ムール貝でもまったく同じ原理が働きます。

マリネラという作り方

漁師風、という名前の通り、手順は簡素です。

まずオリーブオイルでニンニクのみじん切りを弱火で炒め、香りを出す。焦がさない。ここに小麦粉を少し振ることもあります。とろみのため、あるいは汁を身に絡ませるためです。

白ワインを注ぎ、アルコールを飛ばす。そこへ砂抜きした貝を入れて蓋をする。強火で一気に。パセリを散らし、貝が開いたら火を止める。それだけです。

味付けはほとんど不要です。貝が海水を含んでいるので、は最後に味を見てから。地方によってはピメントンをひと振りしたり、ギンディージャで辛味を足したりします。

ニンニクとオイルという骨格は、アヒージョとも共通しています。ただしアヒージョが油の中で煮る料理なのに対し、こちらは蒸気で開かせる料理。小鍋料理の系譜の中でも、水分の扱いがはっきり違います。

下処理は塩水での砂抜きが基本。海水と同じくらいの濃度の塩水に、暗くして数時間。この手間を省くと、どんなに良い貝でもすべて台無しになります。市場で買ったその日に、まず水に浸ける。

ワインとの相性

鍋に白ワインを使った料理には、同じ白ワインを合わせる。単純ですが、これが最も外れません。

第一候補は、リアス・バイシャスのアルバリーニョ。柑橘のような酸と、かすかな塩味が、貝の汁と重なります。産地の海と料理の海が同じ、という説得力もあります。

バスクのチャコリも好相性です。わずかな発泡と鋭い酸が、貝の甘みを際立たせる。高い位置から注いで泡を立てる作法まで含めて、海辺の料理によく似合います。

温度はしっかり冷やして。ワインは温度で表情を変えるものですが、貝料理では特に、冷たさが後味の清潔さを決めます。グラスの形は細身のもののほうが、香りが締まって感じられます。

小鍋ひとつ、数分の料理。それでも海がまるごと入っています。ほかの海の幸の話は、コラム一覧からどうぞ。