日曜の午前11時半。ミサが終わり、市場が閉まりかけるころ。通りに面したバルのテラスが、急に埋まりはじめます。テーブルに置かれるのは、氷と輪切りのオレンジが浮かんだ赤い液体。横に、オリーブを刺した爪楊枝。

ベルモットの時間(La hora del vermut)とは、昼食の前に食前酒を一杯飲む、スペインの社交習慣のこと。とくに日曜の昼前が定番です。単に酒を飲む時間ではなく、街の人が顔を合わせる時間として機能してきました。

何が出てくるのか。なぜこの時間なのか。どんな流れで昼食へつながるのか。日曜の午前を見ていきます。

バルのカウンターに並ぶグラス

何を飲むのか

主役は、名前のとおりベルモット。ワインに薬草やスパイスを漬け込み、甘みを加えた酒です。スペインではロホ(赤)と呼ばれる甘口タイプが好まれます。

供され方は決まっています。氷を入れたグラスに注ぎ、オレンジかレモンの輪切り、そしてグリーンオリーブを一粒。炭酸水を少し足すこともある。アルコール度数は15〜18度前後と、ワインよりやや高め。だから量は控えめに、氷で薄めながらゆっくり飲みます。

こだわりの店では、樽やタンクから注ぐ「デ・グリフォ(de grifo、蛇口から)」のベルモットを出します。地元の醸造所から量り売りで仕入れたもので、店ごとに味が違う。カタルーニャのレウス周辺は、ベルモット造りで知られる土地のひとつです。

ベルモット以外を選ぶ人もいます。ワインの軽い一杯、ビール、シェリー。要するに、昼前に軽く飲めるものであればいい。

つまみは、軽く

食前酒ですから、腹を満たしません。

定番は、オリーブ。アセイトゥナスは種類が多く、ベルモットの甘みと塩気の対比がよく合います。それから酢漬けの小魚、缶詰のムール貝やアサリ、ポテトチップス。

もう少し出すなら、ポテトオムレツを一切れ、イカのフライを少し。ただし本気で食べはじめると、そのあとの昼食が入らなくなります。あくまで前座。

このあたりの分量感は、タパスの考え方そのものです。少量だから、次がある。

なぜ、昼前なのか

理由は、食事の時間割にあります。

スペインの昼食は午後2時から3時ごろ。朝食が軽いので、正午近くになると空腹になる。かといって、そこで食べてしまうと昼食が台無しになる。この空白を、軽い一杯とつまみで埋める。生理的にも、社会的にも、理にかなっています。

日曜が定番なのは、単純に休日だからです。教会の帰り、市場での買い物のあと、散歩の途中。人が街に出ている時間に、集合場所としてバルがある。

飲むのは、多くて二杯。酔うためではありません。会話のための時間です。そして正午を過ぎるころ、それぞれ家へ帰り、昼食の食卓につく。食後には長い時間が待っている。日曜の午前から夕方まで、一続きの流れになっています。

消えかけて、戻ってきた

この習慣は、20世紀後半にいったん衰えたと言われます。生活様式が変わり、ベルモット自体が「古い酒」と見なされた時期がありました。

近年は再び注目されています。都市部の若い層にも広がり、専門店やクラフトのベルモットも増えた。夜のバルのはしごとはまた別の、昼の社交として定着しつつあります。

考えてみれば、機能はよくできています。空腹を少し満たし、酸味と苦みで食欲を刺激し、人と会う口実になる。グラスの形にも、サングリアの果実にも共通する、飲み物を場に合わせて仕立てる感覚。

もっとも、飲みすぎれば昼の定食が入りません。一杯で切り上げるのが、この習慣の要点です。スペインの飲み方の話は、コラム一覧からもどうぞ。