雨が降っています。北スペインの冬は、そういうものです。灰色の空の下、鍋がひとつ、火の上で低く音を立てている。中身は豆と、腸詰。それだけです。

ファバダ(Fabada)とは、スペイン北部アストゥリアス地方に伝わる、白いんげん豆と豚の腸詰をじっくり煮込んだ郷土料理。正式には「ファバダ・アストゥリアーナ」と呼ばれ、大粒でホクホクとした食感の白いんげん豆「ファベス」を主役に、チョリソーや血の腸詰モルシージャ、豚肉の塊などを煮込んで作られます。寒く雨の多い北部の気候の中で育まれた、体を芯から温める一皿。

素材は数えるほどしかない。それでも、これがアストゥリアスの顔になった。理由は、火にかけた時間のほうにあります。

大粒の白いんげん豆「ファベス」

ファバダとは

名前の由来は、あっけないほど素直です。地元の方言で「豆」を意味する「ファバ(faba)」。つまり、豆料理と名乗っている。

その豆は「ファベス・デ・ラ・グランハ」。大粒の白いんげん豆で、煮込んでも皮が破れにくく、なめらかな舌触りに仕上がります。ここに合わせるのが、チョリソー、モルシージャ、豚肉の塩漬け(ラコン)やベーコン。水と少量のオリーブオイル、そしてサフランやパプリカ(ピメントン)を加えて、じっくり煮込んでいきます。

豆が肉の旨みを引き受け、肉が豆のコクを借りる。材料の数は少ないのに、味の層は厚い。この不釣り合いが、ファバダの正体です。

歴史・由来

スペインといえば乾いた大地と強い日差し——という像は、アストゥリアスには当てはまりません。山がちで、雨が多い。牧畜と農業の土地です。太陽が育てた南部の食文化とは、そもそも前提が違う。

だから、備えが必要でした。豆を蓄え、豚肉を塩蔵し、燻す。この二つを鍋で合わせる方法が、厳しい冬を越すための保存食として古くから根づいていきます。もともとは家庭ごとに作られていた質素な料理。それが19世紀以降、都市部でも親しまれるようになり、今ではアストゥリアスを代表する郷土料理として、スペイン全土にその名を知られています。

同じ豆と肉の煮込みであるコシードとルーツを同じくしながら、それぞれ別の土地で別の顔になった。素朴で滋味深いカスティーリャの食卓にも似た性格の煮込みが息づいていることを思えば、この分岐のしかたはいかにもスペインらしいところです。

特徴・味わい

スプーンを入れると、豆が崩れる寸前で持ちこたえている。口の中では、あっけなくとろける。この一瞬の落差が、ファバダのごちそう感の大半をつくっています。

味の設計は引き算です。豆自体には強い味付けをしない。代わりに、チョリソーのパプリカの香りと、モルシージャの濃厚な風味を吸わせる。豆は味をつけられる側ではなく、受け取る側に置かれている。仕上げのサフランが、ほのかな香りと黄金色を添えます。

濃厚な一皿ですが、しつこくはありません。旨みの出どころが豆と肉の二方向にあるぶん、どちらか一方に寄り切らない。骨や肉を煮出すカルドという出汁の考え方と同じで、素材が自分で出汁を立てているのです。

じっくり煮込まれるファバダの鍋

作り方のポイント

コツは、ひとつです。沸かさないこと

強火にすると豆の皮が破れます。だから沸騰させないよう火加減を保ちながら、数時間かけて煮る。それだけ。ただ、その「それだけ」を数時間続けるのが難しい。

もうひとつ、地元には面白い手があります。途中で豆が水面から顔を出さないよう、冷水を少しずつ足す「アスストゥ(assustar)」という技法。あえて急激な温度変化を与えることで、豆の煮崩れを防ぐ。皮はしっかり、中身はとろける——その二律背反を、水一杯で解いてしまう。

火に張りつき、時間を味方につける。この向き合い方は、炎と熾火で食材を仕上げる薪料理や、尾の一本に何時間もかけるラボ・デ・トロの煮込みと同じ性質のものです。

コシードとの違い・バリエーション

よく混同されますが、この二つは食卓での作法から違います。

コシードは主にひよこ豆を使い、野菜も加えて、スープ・具材・肉と三段階に分けて味わう。いわば献立です。対してファバダは白いんげん豆と腸詰・豚肉が中心で、野菜はほとんど加えず、ひと皿で完結させる。分けない。よそって、それで終わり。

そのぶん、個性は配合に出ます。使う腸詰の組み合わせ、煮込む時間。家庭ごと、店ごとに違う。近年では魚介を加えた変わり種や、より軽やかに仕立てたアレンジも見られます。土地の食材で表情を変えるという点では、米を主役にした料理の広がり方とよく似ています。

料理・ワインとの相性

まずはパン。土地ごとに違う顔を持つスペインのパンを一切れ添えるだけで、この皿は完成します。前菜が欲しければ、パン・コン・トマテのような軽いものを。

ワインは、逃げないものを選んでください。豆と腸詰のコクは、思った以上に強い。果実味豊かなガルナッチャ、あるいは骨格のあるテンプラニーリョ主体の一杯。どちらも受け止めてくれます。

雨の多い土地が、豆ひと粒に冬を仕込んだ。ファバダとは、そういう料理です。

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