薪火は、合理的な熱源ではありません。

火をおこすのに時間がかかる。温度をつまみひとつで変えられない。灰も出るし、掃除も要る。ガスや電気と比べれば、手間の量が違います。

それでも薪を使い続けているのは、感傷ではありません。この熱源でなければ出ないものがあるからです。

薪火が持つ、三つの熱

薪の火は、一種類の熱ではありません。

炎の熱(輻射熱)。 立ち上がる炎から放たれる強い熱で、表面を一気に焼き固めます。肉の香ばしさは、ここで生まれます。

熾火の熱。 炎が落ち着いて赤く光る状態。これが薪火の本体です。じんわりと均一に、内部まで熱を通していく。急がず、乾かさず、火を入れる。

煙の香り。 薪の種類によって、まとう香りが変わります。燻香は調味料では代替できません。素材の表面にだけ薄く乗り、噛んだときに立ち上がる。

ガスの火にあるのは、このうち最初のひとつだけです。三つを使い分けられることが、薪火の強みです。

熾火になった薪

待つことが、味になる

薪火のいちばんの特徴は、急げないことだと思っています。

火をおこしてから熾火になるまで、待つ。素材を置いてから火が通るまで、待つ。焼き上がってから休ませるあいだ、また待つ。この工程はどれも短縮できません。

その待ち時間が、結果として味を作ります。強い火で一気に仕上げた肉と、熾火でゆっくり火を入れた肉では、繊維のほぐれ方も、肉汁の残り方も違う。熟成肉のように時間をかけて仕上げた素材ほど、この差は大きくなります。

効率を求めるなら、薪は最悪の選択です。けれど料理は効率だけの仕事ではありません。

火は、ごまかしを許さない

もうひとつ、薪火には厳しい性質があります。素材の質がそのまま出ることです。

複雑なソースで覆えば、素材の差はある程度隠せます。けれど塩と火だけで仕上げる料理では、隠す場所がない。いい素材はいいまま出るし、そうでないものもそのまま出ます。

だから薪火を選ぶということは、素材選びから逃げないと決めることでもあります。季節ごとに移ろう食材を軸にしているのも、その時季にいちばん力のあるものを使えば、火と塩だけで成立するからです。

火加減も同じです。つまみで数値を指定できない以上、炎の色と音と手のひらの熱で判断するしかない。毎日やっていても、油断すれば失敗します。その緊張が、作り手を鈍らせないでいてくれます。

スペイン料理と、火の関係

スペインには、火を中心に据えた料理が数多くあります。

バスクの炭火焼き、カスティーリャの薪窯で焼く仔羊、各地に残る炉端の料理。地方ごとに手法は違っても、火そのものを味の主役に置く発想は共通しています。

イタリア料理の道を歩いていた料理長が、炭や薪という熱源に惹かれてスペイン料理へ進んだのも、この一点でした。ソースで組み立てる料理ではなく、火で決まる料理。その面白さに、行き先を変えられたわけです。

灯りをともし続ける

毎日、営業前に火をおこします。薪を組み、着火し、熾火になるまで待つ。この時間が、その日の仕事の始まりです。

面倒だと思う日もあります。それでも、火が落ち着いて赤くなるのを見ていると、今日も始まるという感覚が戻ってくる。

芦屋・苦楽園という街の坂の途中で、その火を絶やさずにいます。効率は悪い。けれど、これ以外の方法を思いつかないのです。