店をどこに構えるか。それは、どんな夜を過ごしてほしいかを決めることでもあります。

苦楽園は、坂の街です。駅を離れて少し上がると、道は静かになり、緑が増えていく。にぎやかな繁華街の音が届かない場所——その距離感が、この店には必要でした。

薪火が求める、時間の速さ

薪料理は、急げません。

火をおこし、熾火になるのを待ち、素材を置いて、返して、休ませる。この手順を短縮する方法はありません。短縮した瞬間、それは薪火である意味を失います。

つまり薪火の店は、ゆっくりした時間が流れる場所でなければ成立しない。次の予定に追われるお客様ばかりでは、料理が本来の姿を見せる前に夜が終わってしまいます。

苦楽園には、その速さがありました。駅から歩いて店に向かう数分のあいだに、街の静けさが自然と歩調を落としてくれる。着いた頃にはもう、急ぐ気持ちが少し薄れている。これは設計ではなく、街が持っている性質です。

熾火になった薪の炎

阪神間という土地柄

芦屋・西宮・苦楽園。このあたりを歩いていると、食べることに対する目が肥えた土地だと感じます。

派手さで驚かせる必要がない代わりに、ごまかしが効かない。素材の質も、火の入り方も、静かに見られている。厳しいようですが、作り手にとってこれはありがたい環境です。説明を重ねなくても、皿を出せば伝わる。

そして阪神間には、食事を「行事」ではなく「日常の延長」として楽しむ空気があります。記念日でなくても、いい店でいい皿を食べる。その感覚のある街だからこそ、季節ごとに移ろう食材を軸にした店が続けられます。

芦屋からの距離

芦屋にお住まいの方から見れば、苦楽園はすぐ隣です。車でも、電車でも、少しの移動。

けれどその「少しの移動」があることに、意味があると思っています。自分の生活圏をわずかに外れる。それだけで、同じ食事でも少し特別になる。旅ほど遠くなく、日常ほど近くない——ちょうどいい距離というものが、たしかにあります。

坂の途中に、灯りを

夜、坂を上ってくると、窓から灯りが見える。そういう店でありたいと思ってきました。

大通りに面した目立つ場所ではなく、少し探して辿り着く場所。店名 Opus 6 に込めた意味とも通じますが、この店は「六番目」——つまり、最初に見つかる場所である必要がない。むしろ、いくつかの店を知ったあとで辿り着く場所でありたい。

スペインの地方にも、そういう店が数多くありました。町の中心から外れた坂道の途中、看板も小さい。けれど中に入ると、地元の人たちが当たり前のように食べて飲んでいる。旅の途中でそういう店に出会うたび、「これだ」と思ったものです。

苦楽園の坂に灯りをともしているのは、その記憶のせいかもしれません。

芦屋・苦楽園という街で過ごす一夜を、薪火とスペイン料理とともに。お待ちしています。