芦屋、西宮、阪神間。この地域には、良い店が数多くあります。

長く続く洋食店、評価の定まったフランス料理、腕のいい鮨屋、日常的に使われるイタリア料理店。選択肢に不自由しない土地です。

そのなかで、この店はどこを目指しているのか。ときどき考えます。

一番を目指していない

正直に言えば、「この地域で一番の店」になろうとは考えていません。

一番という言葉は、比較を前提にしています。誰かと競い、序列のなかで上に行く。それ自体を否定はしませんが、薪火の仕事とは相性が良くない気がしています。

薪火は毎日違います。同じ火は二度と作れず、素材も日ごとに変わる。その日の最良を出すことはできても、絶対的な最高を安定して掲げることはできない。そういう性質の料理です。

六番目でいい

店名の由来で書いたことと、これは同じ話です。

Opus 6——六番目。最初に見つかる店である必要はありません。むしろいくつかの店を知ったあとで辿り着く場所でありたいと思っています。

阪神間で外食を重ねてきた方が、ある日ふと「そういえば苦楽園に薪火の店があったな」と思い出す。そういう位置にいたい。一番目に浮かぶ店ではなく、六番目くらいに浮かんで、けれど確実に選択肢に残っている店。

スペインの地方にも、そういうバルが数多くありました。町の中心から外れた坂道の途中、看板も小さい。観光客のリストには載らないけれど、地元の人は当たり前のように通っている。旅で見てきたそういう店の在り方が、ずっと理想として残っています。

火のそばのテーブル

阪神間という土俵

この地域で店をやることには、独特の緊張があります。

食べ慣れた方が多い。派手さで驚かせる必要がない代わりに、ごまかしが効きません。素材の質も、火の入り方も、静かに見られている。

けれどこれは、作り手にとってありがたい環境です。説明を重ねなくても、皿を出せば伝わる。凝った演出よりも、季節の素材を丁寧に焼いたほうが評価される土地。それなら、やるべきことは単純です。

埋める場所

阪神間には、フランス料理もイタリア料理も鮨も揃っています。

スペイン料理、それも薪火を中心に据えた店は、まだ多くありません。だから競合を押しのけるというより、空いている場所に入るという感覚に近い。

「今日はフレンチという気分ではない」「鮨は先週行った」——そういう夜の選択肢として存在できれば十分です。すべての夜に選ばれる必要はありません。

続けることが、目標です

目指しているのは、有名になることではなく、続くことです。

記念日に毎年来ていただくひとりでふらりと寄っていただく家族の集まりに使っていただく。そういう使われ方が積み重なって、街の一部になっていく。

この街の歴史から見れば、この店はまだ新参者です。何十年と続く店が周りにあるなかで、番号を重ねている途中にすぎません。

次の作品番号がどんな皿になるのか。作っている本人にも、まだわかりません。