日本では、一人で食事に行くことに、まだどこか遠慮があります。「一人ですが、いいですか」と聞いてから座る。

スペインでは、その前置きが要りません。バルのカウンターには、いつも一人客がいます。仕事帰りに立ち寄り、タパスをひとつ、ワインを一杯。十五分で出ていく人もいれば、二時間いる人もいる。誰も気に留めません。

バルのカウンターは、一人のための設計

スペインのバルを思い出すと、まずカウンターが浮かびます。テーブル席よりも先に、長いカウンターがある。

これは偶然ではありません。バルはもともと立ち寄る場所として発展してきました。腰を落ち着けて宴会をする場所ではなく、通りがかりに一杯やる場所。だから一人で来るのが前提の構造になっています。

タペオ——何軒かのバルをはしごしていく習慣も、この設計から生まれました。一軒に長居しないなら、大人数である必要がない。一人か二人で、次々に移動する。カウンターはそのための席です。

つまり、一人でカウンターに座るのは遠慮した結果ではなく、本来の使い方なのです。

カウンターに並ぶタパス

一人だからできること

カウンターの一席には、複数人では得られない自由があります。

料理に集中できる。 会話に気を配らなくていいぶん、皿の細部が見えてきます。火の入り方、塩の当たり方、香りの立ち方。連れがいると流してしまう情報が、一人だと入ってくる。

ペースを自分で決められる。 早く帰りたければ早く、長くいたければ長く。誰にも合わせなくていい。これは思っている以上に贅沢です。

調理場が見える。 カウンター越しに火を見ていると、薪料理がどれだけ待つ仕事かがわかります。熾火の色を確かめ、肉を返し、休ませる。その手順を見てから食べる一皿は、味の理解が変わります。

話しても、話さなくてもいい。 気になったことがあれば聞いていただければお答えしますし、静かに過ごしたい夜はそっとしておきます。この距離を選べるのが、カウンターの良さです。

何を頼めばいいか

一人での食事は、量の調整が難しいところです。

コースをゆっくり通していただくのもよいですし、その日の気分で軽く召し上がりたいときは、ご相談ください。季節の食材のなかから、一人分に合う形でお出しできるものをご提案します。

ワインもグラスでどうぞ。一本を空ける必要はありません。スペイン各地のワインは産地ごとに個性がはっきりしているので、二杯を飲み比べるだけでも十分に旅の気分になります。

一人の夜を、どこで過ごすか

一日の終わりに、誰とも約束せずに店の扉を開ける。その日あったことを反芻しながら、火を見て、静かに食べる。

そういう夜が必要なときが、誰にでもあります。スペインの人たちがバルに立ち寄る理由も、たぶん同じです。特別な用事はない。ただ、家に帰る前に少しだけ、火のそばにいたい。

芦屋・苦楽園の坂の途中で、その一席をご用意しています。前置きは要りません。